魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
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「癒しの光・上巻」 バーバラ・アン・ブレナン




p380

 ネガティブな声の正体をみつけたら、それをポジティブな声にとりかえる。

 ネガティブな声と感情が湧き出してくるたびに、自分がイメージしている人生のすばらしさに立ち返ってそこにとどまるようにすれば、望むものを創りだすことができる。

 そうしていれば、やがてネガティブな声とその下にある恐れを浄化し、それを
ポジティブなイメージと創造エネルギーにとりかえることができる。

 ビジュアライゼーションとは基本的に、創造エネルギーを方向づける手段だ。

 このエネルギーは、否定とネガティブな感情を浄化することで開放される。

 こうして別の習慣的行動様式を創りあげるのだが、こんどはポジティブなものになる。

 人間の心について面白い点は、なにかを充分な回数繰り返せば、心はそれを真実とみなして働くということだ。

 そもそもこうしてネガティブな声が習慣になってしまったのだった。

 こんどはそれをポジティブな声と交換すればよい。

 本当にうまくゆくのである。

 このように、ビジュアライゼーションはまた別の大変建設的な道をたどって展開し、恐れに直面して自分本来の感情を感じられるように導いてくれる。

 (下巻へ続く)






 上巻のラストです。

 最初にここを読んでしまった! ^ ^

 僕たちは間違いな く“創造するフォース” です。

 一瞬、一瞬、宇宙を創造している “意志のエネルギー” です。

 そして自分で創造した宇宙を生きています。








 

 
 
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 暑中見舞いが届きました。

 雲は見る人の意識によって、さまざまな姿を現してくれますね。

 僕は小さいころ、雲をボォ~~~っと見るのが好きでした。

 真っ青な夏の空に浮かぶ入道雲を見ると、僕は少年だった夏の日に戻され
ます。

 そんな少年Gの記憶を、お返事にしたためました。






 嫌なことがあって・・・

 そのことに拘って、心が氷のように固まってしまった少年に、、

 雲は何も言わず、空に浮かんでいました。

 雲は、山の上で、空の上で、ゆっくり・・・ ゆっくり・・・ 動いていきます・・・

 雲は一瞬も固まることなく形を変え続けて、、

 それを見ていた少年の心も、いつしか、こだわりが溶けていました。





 僕たちは生まれたときは、みんな世界と一体です。

 客観的に物事を見れるようになると(大人の言うことを受け入れ始めると)、
世界や他人との分裂が始まります。

 より深いところにいる自分との分離も始まります。

 今、見える、見ているように思っている世界が当たり前だと考えていますが、
実は本来の世界との一体感は失われています。

 でも小さいころは、より容易に一体感を体験しているものです。




 
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 雲の一部が伸びて・・・



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 千切れて・・・

 消えます。



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 また伸びて、、千切れて・・・

 同じ雲の時間を追った3枚。





 拘りのない人はいないと思います。

 拘り(こだわり)

 拘束(こうそく)

 人は自分自身に拘束された囚われびとです。

 一体感の中にあると、拘りが溶けていく体験をします。

 でもそれは、もう人ではないのかも知れません。

 光がブラックホールから抜け出せないように、拘りの強い人は自分の拘りを
手放せません。

 人を許せず、憎み、その拘りに入り込み、絶対にそこから出て行かないと決意
すると精神障害のレベルになります。

 別にいいんですよ。体験ですから。

 この拘りの体験と、拘りから開放される一体感の両方を体験するのが、人生だそうです。

 どちらか片方だけでは、私たちは満足できないようです。





 
ETERNITY
And you are here in my heart

と、刻まれています。


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 新しく出来た実家のお墓の、お隣の墓石です。

 感動しました・・・


 永遠
 そして あなたは ここに わたしのハートに在ります。


 そんな意味でしょうか?

 残された “わたし” が、旅立った“あなた” に語りかけているのか?

 旅立った “わたし” が、残された “あなた” に語りかけているのか?

 それとも、 “あなた” と “神” は “永遠” にハートの中で一つだと言っているのか?









 最近、神と一緒にいると意識している時が増えています。

 以前は、潜在意識のヒカル君を意識することが多かったのですが・・・

 仲良くなると、僕が気づくより前に、ヒカルが色々と僕に知らせてくれるように
なりました。

 ヒカルが神との回線を繋いでくれているのか・・・

 神からメッセージが来ることがあります。

 『 “わたし” は君が “わたし” と呼んでいる者だ。

 君が “わたし” を忘れている時も、 “わたし” はいつも君と一緒にいる。

 君が “わたし” と一緒だと想っていてくれると “わたし” は嬉しい。』

 それは神ではなく、背後霊だと言う人もいますが、僕にはどっちでもいいのです。

 大体目の前に、その二人が?姿を持って現れたとしても、僕にはどっちが神で、どっちが背後霊か見破ることは決して出来ないだろう。

 それよりも僕には、彼らが僕に何を伝えるかが重要なので、それはどちらから伝えられてもいいのだ。

 僕はそれを “神” と決め付けているし、人生はその人が決め付けたことを、良きにつけ、悪きにつけ、体験することになっている。

 僕の感覚では、神は僕の後ろに静かに静かに、気配を消して存在している。

 そして永遠の昔から、今かいまかと、待っている・・・

 よく二人羽織に例えられるが、まさにそんな感じ。

 こちらが意識したときだけ、その存在は観じられる・・・

 そして、その存在と一つのとき、普段の自分の拘りは消えてしまいます。

 そんな些細なことは、取るに足りないことになってしまう。

 自分の意識から神が消えたとき、再び自分の拘りが現れてきます。

 いま、この二つの間を行ったり来たりするのが面白いかな・・・^ ^







 
 
 先日の高円寺のベトナム料理のお店・・・

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 座った席のちょうど上にありました。

 これまさに十牛図の一つと言ってもいい図柄!

 十牛図って禅のお話に出てきます。

 人間が本来もっている仏性を牛に例えて、一人ひとりの到達点を牛の絡んだ十の絵図で表しています。

 お皿の絵は6番目の境涯(僕の教わったのでは7番目)、牛に乗って家に帰るところ、人生と遊びたわむれている図です。



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 どうです、、お皿の絵と同じでしょ!^ ^ 

 僕の資料はとっても古くって、読めない字もあります。






 下のが十牛図。絵が好きな感じなのでお借りしました。 ポチって拡大。

 検索すると色々出てきます。解説する方によってニュアンスが少し違うかも
知れません。

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 普通は “尋牛” といって牛を尋ねるところから始まりますが、僕のは “失牛” 牛を失うから始まります。ダジャレではありません。

 “失牛” が増えたぶん、9番目の “返本還源” がありません。
 

【失牛】
 もって生まれた仏性を見失う。物質を追い求める。

 人間が本来神と変わらないものを持っていて、これを牛に例えている。

【尋牛】
 物質は求めたが何かもの寂しい。果たしてこれでいいものかと想い悩む。
人と話して牛のいることを聞く。

 人生の目的を探す。宗教的遍歴。

【見跡】
 牛を探しに出かける。足跡を見つけるために尋ね歩く。仏教でいう雲水。

 ある人は馬を牛と言い、ある人は鹿を牛と言い、求める牛はなかなか見つからない。大抵の人は牛などいないと思い込む。

【見牛】
 ついに牛が存在しているのを見る。道とは何か、仏とは何かがやっと見えて
きた。何とかこの牛を捕らえようとする。

 人間の99パーセントまでの人がここまでの4段階に存在している。

【得牛】
 牛は見つけたが、前から行けば角で突かれ、後ろから行けば足で蹴られる。牛は得たいが恐ろしい、なかなか牛は得られない。

 サマーディ・・・  そしてとうとう牛を得る。ここまでが仏を求める道。

【護牛】
 ここから修行の方法が変わる。

 牛は得たが逃してはならない。そこで水を与え逃げないようにする。

 サマーディを経てハッキリと悟りの世界を認識している。さらに修行により
確固たる真念を根付かせる。



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【騎帰】
 すでに悟ることの本当の意味を知り、人生と遊びたわむれている。
  
【忘牛】
 求めずして神の道を歩み、悟ったことも忘れ、仏も忘れ、求めえずして神の道を歩む。

【ソウミン】
 忘れても自己がある。その自己すら忘れる。

 万物と自己は一体である。



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【入〇 ← ?】
 自己の行くところに神がついて来る。神を使い、仏を使う人となる。

 最後の境涯となった者は普通の人となって街に戻ります。そして何気ない言葉で若者のなかの牛を逃がします。

 牛を失った若者の、牛を求める旅がまた始まります。








明日から銀河の音は新しいサイクル

10/30 自己存在の月(4月)/13 KIN105 赤い磁気の蛇

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銀河の音 ◇ 磁気の 〓 目的 ・ 統一する ・ 引きつける

太陽の紋章 ◇ 赤い蛇 〓 生命力 ・ 生き残らせる ・ 本能




 
それから潜在意識は「主語」を判断してくれないから
「あの人は信用できない・・・」って言ったとき、
「信用できない」って部分だけを実現させちゃうんでした。






 よく伺うブログの一節です。

 この言葉、スーーーっと胸に入ってきました。自分の中が整理されました。
ありがとうございます。

 潜在意識は “わたし” の中の広大な領域です。

 潜在意識君と仲良しになれると、親身になって助けてくれますが、放っぽって置いてヘソが曲がると人生がうまく進まなくなります。






 生きていると嫌な思いをすることがあります。

 危害を加えられたり、嫌な思いを与えられた人からは離れるといいのですが、離れてもその記憶は中々消えず繰りかえし蘇えります。

 「あの人は信用できない・・・」ではないけれど、「あの人は嫌な人だ・・・」と何度も思い出してしまう人がいました。そんな事したくないんですよ!
 
 潜在意識は “わたし” と “ あの人” を判別しないので、僕は嫌な人を意識するたびに、「わたしは嫌な人だ・・・」と同じことをしていたことになります。

  “わたし” とは意識している事そのものなので、 “わたし” という世界に、「嫌な人」、「嫌な人」、「嫌な人」、「嫌な人」 って 「嫌な人」 を増殖させていたのです。

 言葉でその仕組みを説明するのは難しいのですが、昔からいう 『人を呪わば穴二つ』 つまり、自分の墓穴も掘ることになるわけですね。

 お蔭さまでずいぶん楽になりました。

 意識がフォーカスしたものが世界に現れるんでした!

 改めて命が輝くことにフォーカスしようと思いました。




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 人と上手くいかなかったとき、、

 その事をもう一度体験したら、、

 全て自分の責任にして、、

 忘れる!

 って、前回書きましたが・・・

 忘れたつもりが、またその時の嫌~~な感情が湧き上がってきたりしませんか?

 僕もサッパリしていたのに、さっきそんな状態になり、これはダメージ強いなぁ って思いました。

 でも不思議ですね~

 ちゃんと解決してもらえる・・ 

 カフェ 『夜明け』 新館 のマスターの “感情を手放す方法” と出合えました。




★ 送迎バスの方法 ★

これも私がよく使う方法の一つです。

これは特定の出来事についての感情というより、「怒り」なら怒り全部をまとめて

放棄したいときに使えます。具体的に何に対する怒りであるかを思い出す必要

はありません。心の中にあなたが立つ場所を想像してください。

私はよく、胸の真ん中あたりに小さな広場を想像します。それは、都会の片隅に

ある小さな公園のような場所で、周りの木立を透かして都会の風景が見えます。

私はその雰囲気が好きなのです。私は公園の中心に立って、たとえば、

「怒りの子どもたち、出ておいで」と呼びます。

すると、あちこちから子どもたちが出てきます。木立の陰や茂みの中から出て

くる者もいるし、遠く街の路地から駆け出してくる子もいます。

しばらく待っていると30人ほどの子どもたちが集まります。

そこで、幼稚園の先生になったようなつもりで、子供たちに話をします。

「皆さん、これまで一所懸命に働いてくれてありがとう。あなたたちのおかげで、

私はこれまでとてもユニークな人生を体験することが出来ました。けれども、

皆さんのここでの仕事は終わったので、これから神様のところに皆さんを送り

返します。神様から、また新しい仕事の場所を貰ってください。」

そうして、神様の国から迎えのバスが来るのを想像します。

それは、キティちゃんの飾りをつけた幼稚園の送迎バスのようなものです。

バスが来ると子どもたちが乗り込みます。私は子供たちに手を振ります。

「ありがとう、さようなら~」

バスが動き出し、次第に遠くなって行きます。私は手を振りながら見送ります。

ちょっと切ない気分になります。けれども、そのあと、私は神様の国から入れ

替わりに「光の子どもたち」がやってきて、いままで怒りの子どもたちがいた場所

に入っていくのを想像します。そうすると、晴れやかな気分になります。



 
このようにして、怒りの子どもたちを送り返すと、もう怒りを感じることがなくなる

のでしょうか。究極のところはそうなるかもしれません。けれども、当面はそうは

なりません。また怒りを感じることがあります。

けれども、もう怒りに振り回されることはなくなります。この段階にくれば、怒りは

単なる警戒信号に過ぎないのです。何かおかしいことがあるぞ、という信号で

す。いったい何がおかしいのでしょうか。



 
ふつう私たちは、あの人はおかしい、政府のやり方はおかしい、という風に、他

者に怒りの矛先を持っていきます。けれども、怒りの子どもたちがいなくなると、

実はおかしいことがあるのは自分の心の中なのだ、ということがはっきりわかる

ようになります。

私たちは、感情の原因が他者にあると思うことによって、他者の存在を現実だと

思い込みます。感情の子どもたちがやっていた仕事というのは、感情の原因が

他人や出来事にあるように見せかける仕事だったのです。





 凄く軽くなりました。

 マスター、そして僕をいつも守り導いてくれている目に見えない友人たちに
感謝です!!^ ^




P.S.
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 今、窓を開けたら、ベランダで咲いていました!

 昨日まで蕾だったのですよ。



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 グッドタイミングで、なんてステキなプレゼントでしょう♪

 天使さんたち、ありがとう! ^ ^

 記事のUpも7月7日7時ちょうど・・・

 世界に偶然はないと思っています。




 
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 触れたものが凍らないようにしていた手袋。

 その秘密が知られた今、必要のなくなった手袋を捨て。



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 自分を守っていたマントを捨て。



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 自分を縛っていた過去を見つめるエルサ。



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 ティアラは自分のリミッター。

 人生の “今” と “此処” に・・・

 エルサの “選択” と “決意” が!



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 「 Let It Go! 」


  
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 進むだけ・・・



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 投げ捨てたティアラと反対の方向を向いています。



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 髪を解き、、



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 ありのままの自分と一つになるエルサ。




 心の中の変化が外側に現れるエルサ・・・

 その微妙な表情の変化、その表現に本当に息を止めて見ていました。

 ディズニーの映像スタッフの腕の凄さに舌を巻きました!!



 
 少し前の記事で 「フリー・ハグ」 を扱いました。

 僕が、「エコストーブ」 の作り方を知りたくて訪れたブログの青年です。

  「リミッターを外すこと」 を高校生に伝えようとしている、彼の記事の紹介なんです。

 高校生に限らず、もと高校生だった皆さんにも読んでいただきたくてUp しました。





 
 頭蓋骨が回っています・・・



脳下垂体









 眉間の少し奥にある脳下垂体


松果体









 そのもう少し奥の上方にある松果体




 あなたはどちら回りに見えますか?

 僕はほとんどの時は右回り (地球の自転の方向) に見えます。

 ですがこの絵は実際に回ってるわけではなく、少しずつ違う絵を時間をずらして見せているだけで、見てる人の脳が回しています。

 僕の潜在意識は見た瞬間に右に回したのです。

 えっ!左にも回るのか?って。

 左に回っていると見方を変えると (これは顕在意識で)、瞬時に反対に回ります。

 世界の見方を変えることになるので、コツが分かるまでちょっと掛かるかな・・・

 魔女ちゃんに言ったら、凄く面白がってやっていました。





 僕が他の用事をしていたら、信じられないことをやっていました。

 上を右に回して、下を左に回したり。。

 下を普通に回して、上は首振りにしたり。。

 僕はせいぜい首振りまで・・・

 上下の回転は同じ方向しか出来ない~

 まあ、意識と視覚のコントロールなので、可能性としては理解できますが、

 上下別々に動かすなんて考えてもみませんでした。

 『世界はあなたが思う通りにある』 フナの七原則の一つですね・・・

 魔女の遊びは面白い・・・

 魔女と遊ぶのは刺激的だわ!







 
 先日近くの回転寿司にお昼にいきました。


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 Yちゃんの頼んだ “漬マグロ”

 タッチパネルからアナウンスがあります。

 「もうじき到着しますので 、おとり忘れのないように・・・」 と。

 ですが流れて来ません・・・

 その後頼んだ “鯖の押し寿司” も流れてきませんでした??

 よく見ると3人前に座っている人が食べています。

 年配の職人さんの親方風・・・

 同僚とおぼしき人と楽しそうにお話しています。

 僕の頼んだ “アジ” も “合鴨の燻製” もその親方のところで無くなってしまい
ました。



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 注文したのは “ご注文品の台” に載って流れてきます。

 “一貫もののハマチ” 流れてくるかな・・・

 どうなるか観察していると、

 ああっ!これで5皿め!!

 親方は全くちゅうちょせずに手元に取ってしまいます。

 さすがに5皿めともなると腹が立ってきます。

 言いに行こうとすると、

 「止めなさいよ。」 と隣りから。

 よく止めてくれました。

 こういう場合、本人に言うか、お店の人に間に入ってもらって伝えるか、になります。

 でも言うと、大抵はもっと嫌な想いをすることになりますね~ 泣;




 まあ多分、親方は注文して食べるマニュアルを知らず、流れているのはどれ
でも食べてもよいと思っているのでしょう。

 高々一皿¥94-の回転寿司5皿のことです。

 自分でも小ちぇーーーっ!て恥ます。

 この時はお店が空いていたので、再度注文しても程なく次のが来ました。

 これが凄く混んでいて、頼んでも中々流れてこなかったら、この状況で皆さんはどのような感情を味わうと思いますか?




 僕は普段は穏やかなほうですが、本来は “戦士” です。

 ですからここぞっ!って時は DNA が戦いのスイッチを押してしまいます。

 そして永い永い戦いの経験で、それが嫌~~な潜在意識の記憶に繋がって
いるのです。ろくな結果にならない・・・

 そんなことから足を洗おうとしているのが、今の僕だと思います。




 アニータの言っている 「ありのままの自分を認める」 からだと、回転寿司5皿に拘って腹を立てている自分を許さなければなりません。

 嫌な人や、嫌な体験に出会ったら、出来るだけ受け流すのが結果的にはいいようです。

 関わるともっとひどい結果になります。

 あと早く忘れられる人になることかな。

 それと此方からプレゼントしたことに出来ること。

 “気” でも “お金” でも奪われると強いダメージを受けます。

 同じだけの “気” や “お金” を此方から差し上げたと出来るか?出来ないか?

 しかしよく5皿も好きな品物が重なりました!

 親方も、「ありのままの自分を認める」 という扉の前の番人さんかな・・・

 もう少しでこの扉が開くと感じています。

 このもう少しがね~~

 振り返ると1000年かかったりします。

 もう少し苦しみそうです・・・



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写真は3枚ともネットからお借りしました。ありがとうございます。



P.S.
 子どものころに読んだ、 「ああ無常」 だったかな? 本の題は怪しい・・・

 「こちらの教会のものを盗んだ犯人です。」 と警察官がやってきます。

 牧師さんは、「私がこの方に差し上げたものです。」 と言います。

 50年も前の記憶が蘇りました・・・






 
 昨日はシュタイナーの勉強会がありました。

 始まるときに、明かりが少しのあいだ灯されます。

 明かりの横には、いつもお花が置かれていて癒されます。



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 昨日はそのお花をいただきました。ありがとうございます!




 人は7年を区切りに変化をすることが、お話の中に出てきました。

 7歳、14歳、21歳・・・

 例えば21歳、大人になるときに何処にいたか?

 それが日本にいたか、アメリカにいたかで、その環境、文化的な背景の違いが大きな影響を与えるそうです。

 ぁ・・・ 僕が事故を起こしたのは幾つだったっけ・・・

 数えてみたら21の時に臨死体験をしたんだ・・・

 そんな話をしていたら、隣にいたYちゃんから 「喜びから人生を生きる」 を渡されて、アニータの本を紹介することになりました。

 去年、長野で行われた福田せんせいのセミナーを切っ掛けに、自分の身体、
施療の方法、意識の在りかたに変化が起きていますが、アニータの本からも
確実に影響を受けています。

 ちょうどよい部分がありますので書き写しますね。



 
 私は “宇宙エネルギー” という言葉を使っていますが、それは、“チー” “プラーナ” “気” と同じものです。

 これらの言葉は、それぞれ中国語、ヒンドゥー語、日本語で、“生命エネルギー” という同じ意味です。

 これは太極拳や気功で言う “チー” であり、レイキの “気” です。

 ひとことで言えば、それは生命の源で、あらゆる生き物の中を流れています。全宇宙を満たしているので、宇宙と切り離せない関係にあります。

 “気” は、判断せず、分け隔てもしません。

 それは高貴な指導者にもナマコにも、同じように流れています。

 “源” “神” “クリシュナ” “仏陀” のような難しい言葉でこのエネルギーを表せば、名前に気をとられてしまい、理解が難しくなるでしょう。

 これらの用語は、人によって解釈が異なり、無限の存在に無理やり形を与えているようにも思えます。

 それぞれのラベルには特定の期待が隠れていて、その多くは、私たちを二次元性の中に閉じ込めてしまいます。

 それゆえ、このエネルギーを自分とは別のものだと見てしまうのです。でも宇宙エネルギーは、私たちの純粋な意識のように、無限で形のない状態のままでなければいけません。

 その状態でのみ、宇宙エネルギーは私たちと一つになり、ヒーリングや魔法や奇跡を生み出せるのです。




 このアニータの言う宇宙エネルギーは僕の中でとても受け入れやすいのです。

 “気” は、判断せず、分け隔てもしないというのも凄くいい。

 相手の身体の固まっている部分を、ココと思ったら、“ココで流れてね・・・” 
ってエネルギーに指示します。

 僕は “ココ” に左手を置いてエネルギーの流れを感じています。

 エネルギーは自分自身なので意識したとおりに働いてくれます。

 “働いてくれてありがとう!” 自分とエネルギーにお礼を忘れずに。

 そしてココで働いてくれているエネルギーを “どんな感じかな・・・” って感じているとココが柔らかく変化します。

 同じことをしても、相手の受け入れてくれる度合いによって変化は違います。

 “気” は、判断せず、分け隔てもしないのですが、判断と分け隔ての強い方ではうまく流れないようです。

 それは相手の責任。そこは福田流。笑




 そんな話を昨夜Yちゃんとしていたら、、

 Yちゃんは、それを “ I AM ” を意識してやるといいました。

 面白い!具体的にどうするのか? “ I AM ” という言葉を使うのか?身体のどの部分を意識するのか?など質問してみました。

 「 “ I AM ” と意識したとき、身体は仙骨と脊柱をカチッと合せる感じ。」 だそうです。

  “ I AM ” 僕はハートチャクラに意識の中心があるかな・・・

 でも今度、エネルギーに指示を与えるときに “ I AM ” もやってみよう!



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 スイセンがとってもスイセンの香り・・・

 スイセンの白と黄色。ビオラの紫色と黄色。柔らかい若草色・・・

 調和とコントラストにウットリです・・・