魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
「ニューエイジ」の言葉では、「意識向上」のプロセスと言うね。

使う言葉はどうでもいい(言葉は、いちばんあてにならないコミュニケーションだから)。つまりは、目覚めて生きるということだ。そうすれば、完全な認識に到達する。

では、完全な認識に到達したらどうなるか?そのとき、完全にほんとうの自分に目覚める。

日常の瞑想は、そこへ達する方法のひとつだ。しかし、努力し、献身しなければならない。

外的な報酬ではなく、内的経験を求めようという決意が必要だ。

このことも、覚えておくといい。沈黙は秘密を蔵している。

だから、最も美しいのは、沈黙の音だ。



それでは、毎日瞑想するというのは、良い考えなんですね。



良い考え?そうだな。だが、いま言っただろう。魂には、さまざまな歌い方がある。沈黙の美しい音は、あちこちで聞こえるかもしれない。

祈りのなかに沈黙を聞く者もいる。仕事の歌を歌う者もいる。静かな瞑想に秘密を求める者もいれば、もっとにぎやかな環境を選ぶ者もいる。

悟りに達すれば、あるいは、間欠的にでも経験すれば、世間のただなかにいても騒音は聞こえなくなり、気も散らなくなる。人生のすべてが瞑想になる。
人生のすべては瞑想であり、神性に思いをいたす場である。これが真の目覚めであり、覚醒だ。

この経験をすれば、人生のすべてが祝福される。闘いも苦しみも不安もなくなる。

ただ経験があるだけだ。そこに好きなレッテルを貼ればいい。すべてに完璧というレッテルを貼ることもできるだろう。

だから、人生を瞑想に、人生の出来事のすべてを瞑想にしなさい。

眠りながらではなく、目覚めて歩きなさい。無意識ではなく意識して歩き、疑いや不安にわずらわされず、また罪悪感や自責にとらわれず、大いなる愛を与えられているという輝かしい確信をもちつづけなさい。

あなたは、つねにわたしと「一体」である。いつでも、いつまでも歓迎される。お帰り、と。

なぜなら、あなたのホームはわたしの心であり、わたしのホームはあなたの心だから。

そのことは死ぬときにきっと気づくが、生命あるときもそれを見つめるといい。

そうすれば、死などはないこと、生と呼ばれ、死と呼ばれるものは、どちらも終わりのない同じ経験の一部であることがわかるだろう。

われわれは存在するすべてであり、存在したすべてであり、将来存在するすべてであり、終わりのない世界である。

アーメン。



『神との対話』3 ニール・ドナルド・ウォルシュ P201~205
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2012/07/15(日) 19:07:57 | | #[ 編集]
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