魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
毎日の瞑想は、最良の道具のひとつだ。

瞑想によって、生命エネルギーを最高のチャクラに引きあげることができる ―― さらに、「目覚めた」ままで身体から離れることさえできる。

瞑想していると、身体が目覚めた状態のままで、全的な認識を経験する用意ができる。

この準備ができている状態を「真の目覚め」と呼ぶ。

だが、瞑想は単なる仕掛け、あなたが言う「道具(ツール)」にすぎない。

真の目覚めを経験するには、座って瞑想しなければならないとは限らない。立って行う瞑想もある。歩く瞑想もある。行動する瞑想もある。セクシャルな瞑想もある。

瞑想とは「真の目覚め」の状態だ。

この状態で立ち止まるというのは、道のなかばで足を止めること、どこかへ向かうのをやめること、何かをするのをやめること、立ち止まってその場に「いる」こと、ただその場で本来の自分でいることだ。

ほんの一瞬でも立ち止まることは、祝福に値する。

まわりをゆっくりと見まわせば、通り過ぎるだけではわからなかったことに気づく。

雨上がりの深々とした土の匂い。愛するひとの左耳にかかる巻き毛。遊ぶ子供たちを見る楽しさ。

この状態を経験するのに、身体から離れる必要はない。これが、真の目覚めの状態だ。

この状態で歩いていれば、すべての花の香りを吸い、すべての鳥とともに羽ばたき、一歩ごとの足もとの感触を実感できる。

美と智恵を発見する。智恵は、美がかたちづくられるところにある。美は、すべての生命によってあらゆるところにかたちづくられている。探す必要はない。向こうからやってくる。

この状態で「行動」すれば、何をしてもそれが瞑想になり、あなたからあなたの魂への、そしてあなたの魂からすべてへの贈り物になり、捧げ物になる。

皿を洗えば、手をひたす湯の温かさを楽しみ、湯と温かさの両方に感動する。

コンピューターを使っていれば、指の動きに応じて目の前のモニターに現れる文字を見て、思いどおりに動く心身の力にわくわくする。

夕食のしたくをすれば、食べ物を与えてくれた宇宙の愛を感じ、お返しに自分の愛のありったけを食事にこめる。

その食事がごちそうだろうと、質素だろうと、それはかまわない。缶詰めのスープだって、愛によって美味になる。

この状態で性的なエネルギーの交換を経験すれば、ほんとうの自分の最高の真実を知る。

恋人の心があなたのホームになる。恋人の身体は・・・ つづく
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