魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
atomさんのサイトより (atomさんお借りしましたよ!)

Helen Keller

When one door of happiness closes, another opens;
but often we look so long at the closed door
that we do not see the one which has been opened for us.
                     

一つの幸せのドアが閉じる時
もう一つのドアが開く。
私たちは閉じたドアばかりに目を奪われ、
開かれたドアに気付かない。




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 ちょっと前、アパートの前の家に・・・



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 解体やさんが入りました。



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 二階部分までは、



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 人力で行われていましたが・・・



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 重機が入って、みるみる壊されて!



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 お家があるのは、知っている人の記憶の中だけで、



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 なんにもない土地だけが残りました。




 何10年もここで暮らした人にとっては、大切な記憶と共にある家です。
 楽しいこと、辛かったこと色々あったことでしょうね・・・

 とくに辛い記憶は手放すことが困難です。その記憶が消えれば自分自身も消えてしまうように思えるからです。

 でもこのように何もなくなり更地になってしまうと、過去よりもこの先が見えやすくなります。

 


 震災で大打撃を受けた地域。

 放射能の影響の強い地域。

 林業が成り立たず、離農の進む過疎の地域。

 このような土地は旧来のやり方が通用しなくなり、新しい文化の芽生える拠点になると思われます。

 ナウシカで最初に腐海に飲み込まれた土地が、最初に清浄な大地に戻るのと同じです。




 グローバルな経済活動はいずれ破綻を迎えると思います。

 それはお金を一方的に集めるために作られたシステムだからです。国であれ、企業であれ、個人であれ、自分にお金が集まればそれで良いシステムなのでは?

 こういうシステムは少数がうまくやっている間だけ機能します。うまい汁を吸おうとするレベルが個人にまで及ぶと、それまでの法則で制御することが困難になり、いずれバランスを超える限界を迎えます。

 成績の悪いクラス・メートを見る目線だった対岸の火事が、世界中に飛び火しようとしています。双方が豊かになる経済活動でなければ持続は不可能なはずです。

 世界経済が破綻しても、人が生活するかぎり個人間の経済は、それが物々交換だとしても失われることはありません。

 新しい文化は、今までのように中心が一つで、一つの規格で、規格外を外すことで全体が動いていくシステムにはならないと思います。




 例えばですが・・・

 離農の里ではこの前うかがった、長野県大岡の 「農楽里ファーム」 さん。

 震災の地では、岩手県釜石の 「どんぐり・ウミネコ村」 さん。

 各地に核となる 「農楽里ファーム」 さんや 「どんぐり・ウミネコ村」 さんのような拠点が現れて、それぞれのニーズにあったネットワークがつくられる事になりそうです。それが何れは新しい社会につながる・・・

 一つの規格がもしあるとすれば、みんなの幸せかな?

 そんな核となる拠点を応援していきたいと思います!


 
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