魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 1月中にUpしようと思っていたんですが、
 気がついたら2月ですね!


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 写真は1月31日。実家からの帰り道。
 入間の標識が見えてきたところ♪





 お得意様「きまぐれや」のシェフ吉田さんは、いつも1月の1週目にお見えになります。

 シェフにとっては“七草が元日”のようで、七草を仕込む前に一年の垢を落としにという事のようです。

 カレンダーをいただくときに、シェフの本が出たことを知りました。



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 瑞穂に入ると前方右手に「トトロのもり」、狭山丘陵が見えてきます。




 シェフの本の名前は、 『思いつきは神のささやき』
 副題が、旅するシェフの4000日。




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 バイパスと旧道の合流する左カーブを大きく切ると、狭山丘陵は車の後ろになります。




 出張料理がメインの吉田さん・・・
 かんばんのないお店にも、たまに伺いますが、僕の知っているお話。僕の知らないお話・・・ 盛りだくさんでとても楽しかったです♪

 たまたま本気になったのがお料理で本当によかった!

 吉田さんは大冒険家で人生の名プロデューサー。他の職業を選んでも楽しく波乱に満ちた、「大変だったけど俺の人生楽しかったなあ!」って生き方をしたと思います。

 でもシェフになってくれたので、僕は幸せをいつも味わっています!笑

 もう4000日ですか・・・ 「お父さん(シェフからそう呼ばれています)の一年後から出張始めて・・・」ということなので、僕もそのくらいこの仕事してるんですね・・・ 僕もいまや出張がメインです。笑




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 多分あと10分くらいでアパート着!











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 昔、たまたま撮ったんですが・・・
 シェフが今でも重宝しているというスープ鍋。
 これが子どもたちの離乳食を作っていた小鍋。
 読んだ方にプレゼント!(注・この写真がね、この鍋ではないス)




 『思いつきは神のささやき』

 発行 Bon Appétit 編集部
 販売しているところの書いてある紙が手元になくなってしまいました!

 僕は、Boot(ブート)さんで手に入れました。羽村駅のすぐ近くです。
 欲しい方、問い合わせてみてください。

 tel 042-555-4440 






 シェフ、著作権は放棄したって。
 「本の中の話はみんなでつくったものだから・・・」って。

 なんか分かります。

 ついでですが、僕も放棄しています。
 今日Upした写真の下にも○印がついていますね。

 ○印のついた写真はお好きに使ってください。
 基本的に人物はダメです。写っている方のYesを頂いていませんので。

 芸術家、作家さんの著作権を僕は認めていますが、本当はなくなるといいと思っています。
 素晴しいものはどんどんコピーされるのが自然だと、コピーされ世界を豊かにしていけばいい ・・・と思います。 

 ネットでコピーされたものなど、ごく僅か課金されるといいんですがね!
 それがオリジナルの作家さんに還元される・・・

 著作権は領土と同じで、財産がある個人や団体に所属するという発想で、個と個が溶け合う以前のシステムです。一部の人が独占するのを止めれば、世界の財産は世界で共有して世界中が幸せになることは可能です。

 自分が作ったものは自分の物という意識は、不足感に根ざしています。愛からはかけ離れているものです。

 いずれ、皆んなが気づくときが来るのが待ちどうしいです・・・




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::この記事へのコメント::
シェフの本、心がほっこりしました。
そして、
シェフからおとうさんと呼ばれる整体で体の回路が
開いてきた感じです。
すべてはみんなのもの、そんな世界で生きて
行こうと思います。
ありがとうございます(⌒▽⌒)
2012/02/02(木) 10:11:06 | URL | きょうこ #-[ 編集]
こちらこそ、ありがとうございます!

(ジュピターより)

私たちは誰も ひとりじゃない
ありのままでずっと 愛されてる

そして

望むように生きて 輝く未来を・・・

きょうこさんも、想ったように生きていけばよいのだと思います。
きょうこさんらしくね・・・
2012/02/02(木) 21:09:59 | URL | G #-[ 編集]
創作活動について
著作権に関するお考え、よくわかります。
 自分は小説書きですが、常々創作活動とは、巨木にたとえられると思っています。全世界の創作はこの木の一部であり、枝枝のような気がします。
 完全なオリジナルというのは、神以外にありえないと思います。
 それぞれの活動にどうして、客観的な価値の相違が出現するのはなぜなのか、それについては模索中です。
 きっと、それを求めるのが創作活動ということなのでしょう。
2012/02/06(月) 23:48:14 | URL | 明弘訊 #B3tPMIzc[ 編集]
明弘訊さんへ
ご訪問ありがとうございます!

オリジナルの神に近づけば近づくほど、他者を自分の一部として感じ。離れれば離れるほど、個としての痛みが際立っていく・・・ のでしょうか?

個と個が奪い合う世界では、著作権は自分を守るのに必要だと思います。個と個が認め合い与え合う世界では、著作権?ん?何だっけ?って、それ自体の意味が消滅するように思います。

創作活動は自分自身と出会う行為なのでしょうが、自身の中の枝を見ることが、巨木を見ることにもなる気がします。

客観的な価値の相違が何故現れるのか?素敵な模索ですね!求めるものは与えられると信じています。

2012/02/07(火) 01:35:07 | URL | G #-[ 編集]
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