魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 レバ刺しで死亡する人より、お餅を詰まらせて死亡する人のほうが圧倒的に多いんだから、レバ刺しを禁止にするなら、お餅を販売禁止にすべきだ。

 という意見を聞いて、なんて頭のいい、真っ直ぐな考えだろうと感動してしまいました。

 レバ刺しは、提供する側に100%の責任があり、
 お餅は、食べる側に100%の責任があるのかな?

 お餅でも、老人施設などでの事故の責任は、施設が負わされることになります。
 施設が危険を考えて、小さくちぎって食べてもらっても、「それでは餅食った気にならない」って口の中で溜めて大きくして咽をつまらせて死亡するケース、は結構あります。これも施設の責任になります。

 ったく迷惑な!(そんなこと言ってはいけません!)「死んでもワシの責任」って一筆書いてからやって頂きたいです・・・

 まー、お客さんにたいする責任、預かった人に対する責任、基本的には分かるんですよ・・・

 日本は法治国家ですからね。安全は守られ、保障されている。
 でも自分の命は自分で守る、(と言ってもアメリカみたいな銃社会のことではありませんよ)のは基本。

 自分の安全が人任せ過ぎませんか?何か事故が起きたとき、どこかに責任者がいて、誰かが責任を取ってくれる。いつも安全。危険はない。その危機意識のなさが危うい時代を生んでいるのでは・・・

 あえて言えば、危険に近づいて危険を知ることで、安全への距離感が作られると思います。

 都内では電磁調理器の普及で火を知らない子が増えています。

 危険だと小刀を与えられなかった子ども達は、鉛筆が削れません。ナイフを使うと怪我をします。

 除菌!除菌!で幼児期に菌から隔離された子は、アレルギー症状が起きやすくなります。

 安全に過保護に育てられた子どもは生きる力が弱くなります。

 衝突までの距離を感知して、ドライバーがブレーキを踏まなくても衝突の手前で停止する車が開発されています。ドライバーの運転能力は下がるばかりです。(ただし宇宙に飛び立ったとき、物体同士が衝突しないシステムは必要ですね)

 基本的に守られ過ぎていれば、危険を察知できません。バランスを崩す体験が身体のバランス感覚を作ります。周りの状況と自身の体感をしっかり感じていることが、心身の健康には必要です。

 日本は海に守られた島国で、お互いに顔色見ながら、自分は違うと思われないように周りに合わせて生きる人が多いように思います。

 長~~~~~い江戸時代、自分の考えを持ってはいけなかったし(そういう国の指導者が国を追われ、地上を去っています)、違うことを言ったら最低でも村八分になりましたからね。江戸時代は日本人の精神的DNAに強く影響を与えています。

 日本人は今でもワンカラーイズム、一つの方法、一つの法律があると、それ以外は考えないし、疑問を持ちずらい精神風土のようです。ですからレバ刺し禁止というただ一つの結論でなんとなく落ち着くのかな。(なんて回りくどいのよ!)

 いいんですか!何千万の(そんなに多いか!)レバ刺しファン!

 レバ刺し食べられなくなっちゃっても!

 (僕はレバ刺しもお肉も好きだけど、今は殆んど食べないから心配ないけど・・・)

 食べたい人は、1/何万の危険があることを知った上で、自分の責任で食べる。安全な店を嗅ぎ分ける嗅覚を身につける。
 お店も、中毒だしたら店をたたむ覚悟で出す。

 そのぐらいの緊張感が、生きることをシャッキっとさせるんだけどね!

 自分で決めて、自分で行動する。僕はそれがないと死んじゃう。

 法律で決められても、禁酒法みたいになるかもよ!



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 「昔は“レバ刺し”ってのがあったんだって!」


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 「良くそんな危険なの食べてたね」




 なんてね!




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