魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
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 教会などでよく見かけます。


わたしが道であり

    真理であり

    いのちなのです  主 イエス・キリスト



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 ほとんどの方が、

わたし(イエス・キリスト)が道であり

    真理であり

    いのちなのです  

 そうイエスはおっしゃった。と解釈すると思います。
 また教会はそう教えたのだと思います。
 少なくとも僕は、ずーーっとそう思っていました。

 教会が、神と人々・イエスと人々の間を繋ぐ(間に割って入ってしまう)役割の時代の意味づけです。
 一概に、それが言葉ずら間違っているとも言えませんし・・・
 でも神と人・イエスと人の間に壁というか、距離を作ったために、人は罪と許しの間で迷い続けているのですが・・・

 でも今は、わたし達と神・わたし達とイエスは直接コンタクトができるようになりました(日常的な会話ではないですよ)。

 ブッダの「天上天下、唯我独尊」のとおり、【わたし(皆さん一人ひとりのことです)】とは、世界(天上天下)に唯一つ在ることが、尊い存在です。

 イエスもブッダも私は偉いんだから従いなさいと言ったわけではないですし、自分たちは特別の存在ではなく、神の子として全ての人々と同じであり、全ての人々が、【わたし(Myself)】の中にある道を、真理を、【わたし】自身が命であることを辿ることで、神【I am that I am】の謎は明かされていくことを示し伝えたかった。のだと思います。

 教団は不特定多数を導く必要があるので、安易に一つの意味づけや、一つの答えに従うように振る舞いますが、100人いれば100の答えがあっていいわけです。自分【Self】以外に答えを求めても、それが自分から離れている対象なら、神や仏にいくら答えを求めても迷い続けます。答えはいつも自分の中にしかありません。

 わたしが道であり、のわたしとは?

 わたし自身であり、あなた自身であり、イエス自身です。

 今日は堅苦しかったですね!頭痛くなりました?ごめんなさい・・・
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