魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
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 19日、乗鞍スカイライン・バスターミナルでツキノワグマが観光客ら9人に重軽傷を負わせたばかりです。「恐ろしいクマを退治しなければ!」という声がすぐに聞こえてきそうです・・・ しかし、それはテロに対してすぐに報復の闘いを始めるのと変わりありません。

 本来、臆病で慎重な性質のツキノワグマがなぜバスターミナルなどというところにまで来なければならなかったのでしょう?それも冬眠を前にしたこの時期に。もともと豊かだった森に食料がないのです。
 それに観光を目的に、そっとしてあげるべき動植物の領域に人間が踏み込んでいるのです。人間と動物も、人間と人間もそれぞれのあり方を尊重することで棲み分けすることができます。自分たちだけの価値観を自分以外の世界に押し付ける生き方が不幸を創り出してきました。

 クマは古語ではカミを意味しています。クマの出現は人間に自らのあり方を改めるように警告を発しているように思えてなりません。



 以下、「クマと もりと ひと 12」からのつづきです。







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両陛下が来られるんやから、
全国に訴えるチャンスや











 
 野生鳥獣の保護とは、私たちの祖先が最近までそうしていたように、人間が山奥から一歩退いて野生鳥獣の生息地を保障し、何もしないでそうっとしておいてやることであり、これが絶滅を止める唯一の方法であるはずです。

 そうこうしているうちに、兵庫県に全国植樹祭2巡目のトップバッターが回ってきました。計画を見ると、戦後50年間ずっとそうしてきたように、またスギを植える植樹祭です。両陛下のお手植えもスギです。わたしたちはこれではいけないと思って、知事にすぐに手紙を書きました。

 「知事さん、明らかにスギの人工林は、もう行き過ぎです。多くの弊害が出てきています。このままスギを植え続けるなら、大変なことになります。これは兵庫県だけの問題ではありません。2巡目のトップバッターですから、この後、兵庫県が全国に与える影響は大きいのです。なんとか兵庫県から、広葉樹の植樹祭に変えてくだい」 と。

 すると、すぐ新聞に、こんな発表が載りました。

 「兵庫県貝原知事、
  全国植樹祭の計画を白紙撤回。
  植樹祭に植えるのは26種類の広葉樹、
  両陛下のお手植えも広葉樹」

 本当に速い対応でした。生徒たちは飛び上がって喜び、自分たちもその記念すべき植樹祭に出席したいと言い出しました。私がまた知事に、手紙を書きました。券が5枚送られてきて、私たちは1994年5月、兵庫県村岡町で開催された全国植樹祭に参加させてもらうことになりました。

 そのとき生徒が、
 「先生、このチャンス逃したらあかんな。両陛下が来られるんやから、全国に訴えるチャンスや」
 
 と言いました。兵庫県のクマは、奥地の県境(西は鳥取・岡山、東は京都)のあたりに孤立して残っているといわれていました。兵庫県だけで守ろうとしても、野生動物ですから、県境なんか関係なく歩き回ります。そしてそのうち、どこかの県で殺されてしまいます。国をあげて、保護・保全の流れをつくらないと、一県では守れないのです。

 生徒たちは植樹祭に出席した後、その場で手紙を書いて、両陛下がお泊りになっていた宿舎を訪れました。そして、お付の人を通して、両陛下に手紙を届けてもらいました。

 そのことが次の日、東京の新聞に出ました。そうしたらその日、いままで全く動かなかった環境庁で、臨時職員会議が開かれました。そして、その次の日、臨時記者会見が持たれ、当時の環境庁長官が、
 「兵庫県ツキノワグマ、絶滅のおそれにつき、狩猟禁止令を発令します」
 と発表してくれました。

 生徒たちは、ここまでやりました。でも、生徒たちだけでできるのはここまでだと、私は思いました。こういう動物をこの国に残すには、この後、奥地にもう一度、動物の棲める森を復元しなければなりません。動物が森から出て来なくてもいいようにしてやって、そこを動物たちの聖域とし、私たちの祖先がしてきたように棲み分けを復活させ、狩猟だけではなく有害駆除もやめなければならないのです。そんなことは、子どもたちだけではできません。生徒たちは、当時高校生になっていました。私たちはいったんここで、解散しました。


 

 
             小冊子 「クマと もりと ひと 」より      つづく
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