魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 毎日の瞑想は、最良の道具のひとつだ。瞑想によって、生命エネルギーを最高のチャクラに引きあげることができる---さらに、「目覚めた」ままで身体から離れることさえできる。


a-004.jpg

















 瞑想していると、身体が目覚めた状態のままで、全的な認識を経験する用意ができる。この準備ができている状態を「真の目覚め」と呼ぶ。だが、瞑想は単なる仕掛け、あなたが言う「道具」にすぎない。真の目覚めを経験するには、座って瞑想しなければならないとは限らない。立って行う瞑想もある。歩く瞑想もある。行動する瞑想もある。セクシャルな瞑想もある。

 瞑想とは「真の目覚め」の状態だ。

 この状態で立ち止まるというのは、道になかばで足を止めること、どこかへ向かうのをやめること、何かをするのをやめること、立ち止まってその場に「いる」こと、ただその場で本来の自分でいることだ。

 ほんの一瞬でも立ち止まることは、祝福に値する。まわりをゆっくりと見まわせば、通り過ぎるだけではわからなかったことに気づく。雨上がりの深々とした土の匂い。愛する人の左耳にかかる巻き毛。遊ぶ子供たちを見る楽しさ。この状態を経験するのに、身体から離れる必要はない。これが、真の目覚めた状態だ。

 この状態で歩いていれば、すべての花の香りを吸い、全ての鳥とともに羽ばたき、一歩ごとの足もとの感触を実感できる。美と知恵を発見する。知恵は美がかたちづくられるところにある。美は、すべての生命によってあらゆるところにかたちづくられている。探す必要はない。向こうからやってくる。


mizu.jpg


















 この状態で「行動」すれば、何をしてもそれが瞑想になり、あなたからあなたの魂への、そしてあなたの魂からすべてへの贈り物になり、捧げ物になる。

 皿を洗えば、手をひたす湯の温かさを楽しみ、湯と温かさの両方に感動する。コンピューターを使っていれば、指の動きに応じて目の前のモニターに現れる文字を見て、思いどうりに動く心身の力にわくわくする。夕食のしたくをすれば、食べ物を与えてくれた宇宙の愛を感じ、お返しに自分の愛のありったけを食事にこめる。その食事がごちそうだろうと、質素だろうと、それはかまはない。缶詰のスープだって、愛によって美味になる。

 この状態で性的なエネルギーの交換を経験すれば、ほんとうの自分の最高の真実を知る。恋人の心があなたのホームになる。恋人の身体はあなたのものになる。あなたの魂は、もう自分が他から離れているとは想像しなくなる。

 準備ができたとき、あなたははっきりと目覚める。微笑がそこへ連れていってくれる。シンプルな微笑みだ。一瞬、すべてを止めて、ただ微笑む。何かに向かって微笑むのではない。ただ、良い気分だから微笑む。心が秘密を知っているから微笑む。魂が秘密を知っているから微笑む。そのために微笑む。たくさん微笑む。その微笑が、どんな痛みも癒してくれる。


kazoku-04.jpg


















 あなたは道具を教えてくれと言う。だから教えてあげよう。呼吸しなさい。これも道具だ。長く、深く呼吸しなさい。ゆっくりと、おだやかに呼吸しなさい。生命という無を、満ちあふれるエネルギーを、満ちあふれる愛を静かに呼吸しなさい。あなたが呼吸しているのは、神の愛だ。深く呼吸しなさい。そうすれば感じられる。深く、深く呼吸しなさい。そうすれば、泣きたくなるほどの愛があふれ出す。うれしくて、泣きたくなる。神に出会うから。神があなたをあなたの魂に紹介してくれるから。一度、これを経験すれば、人生は一変する。 ・・・・・

 ・・・・・ 日常の瞑想は、そこへ達する方法のひとつだ。しかし、努力し、献身しなければならない。外的な報酬ではなく、内的経験を求めようという決意が必要だ。

 このことも、覚えておくといい。沈黙は秘密を蔵している。だから、最も美しいのは、沈黙の音だ。それが魂の歌だ。魂の沈黙ではなく世界の騒音を信じると、迷ってしまうよ。 ・・・・・

 ・・・・・ 魂には、さまざまな歌い方がある。沈黙の美しい音は、あちこちで聞こえるかもしれない。

 祈りのなかに沈黙を聞く者もいる。仕事の歌を歌う者もいる。静かな瞑想に秘密を求める者もいれば、もっとにぎやかな環境を選ぶ者もいる。

 悟りに達すれば、あるいは、間欠的にでも経験すれば、世間のただなかにいても騒音は聞こえなくなり、気も散らなくなる。人生のすべてが瞑想になる。

 人生のすべては瞑想であり、神性に思いをいたす場である。これが真の目覚めであり、覚醒だ。この経験をすれば、人生のすべてが祝福される。闘いも苦しみも不安もなくなる。ただ経験があるだけだ。そこに好きなレッテルを貼ればいい。すべてに完璧というレッテルを貼ることもできるだろう。

 だから、人生を瞑想に、人生の出来事のすべてを瞑想にしなさい。眠りながらではなく、目覚めて歩きなさい。無意識にではなく意識して歩き、疑いや不安にわずらわされず、また罪悪感や自責にとらわれず、大いなる愛を与えられているという輝かしい確信をもちつづけなさい。

 あなたは、つねにわたしと「一体」である。いつでも、いつまでも歓迎される。お帰り、と。


kumo.jpg



















 なぜなら、あなたのホームはわたしの心であり、わたしのホームはあなたの心だから。そのことは死ぬときにきっと気づくが、生命あるときもそれを見つめるといい。そうすれば、死などないこと、生と呼ばれ、死と呼ばれるものは、どちらも終わりのない同じ経験の一部であることがわかるだろう。われわれは存在するすべてであり、存在したすべてであり、将来存在するすべてであり、終わりのない世界である。

 アーメン。



   「神との対話・3」  ニール・ドナルド・ウォルシュ   サンマーク出版
コメントを投稿する
::この記事へのコメント::
美しい!
美しいですね-。
人知をこえたメッセージですね。

神との対話。読み返してみたくなりました。

ありがとうございました。
2008/08/20(水) 14:45:52 | URL | ラスランド #-[ 編集]
ラスランドさま!
コメントありがとうございます。

本当にそうですね。探し求めていた美しい庭です!

なんど読んでもワクワクする想いとつながれます♪

多くの方に読んでいただきたいシリーズです。
2008/08/20(水) 20:57:36 | URL | G #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
::この記事へのトラックバック::