魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
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 これが “ダークサイド・オブ・ザ・ムーン” です。 ・・・? 何じゃこりゃですね。





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 これが僕たちが “月” と言っているものです。これは三日月。





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 合わせるとこうなります。
 変ですが、光のあたる部分、影の部分、両方を見なければ “全体としての月” を見たことにはなりません。





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 これが、いつも見慣れた “お月様”。ダークサイドは周りの闇に溶け込んで無いかのように見えます。
 無いかのように見えますが、ちゃんと在ります。
 見ているのに、そこに確実に在るのに、意識は “無い存在” として扱います。








 僕たちは子どものころから、“良い子” は認められ、“悪い子” は否定され拒否されながら育っていきます。どんな人の中にも、“良い子の部分” と “悪い子の部分” はあります。(元々は良い子、悪い子なんて区別はないんですが・・・造られるんです)

 親や先生に認められる、“良い子” は光があたる三日月の部分です。
 “悪い子” も本当は自分の一部なのに、周りからは認められない部分なので影の中に押しやっていきます。

 ちゃんと自分の中にその “辛い子” がいるのが見えていればいいんですが、
いつのまにか潜在意識の中に沈めた子を忘れてしまいます。こっちは忘れていても沈められた子は忘れません。闇を吸い込んで大きくなっていきます。

 自分の中の “光の子” も “影の子” も同じように抱きしめてあげるのが大事です。

 「えっ!“光の子” も抱きしめるの?」と思われますか?
 “光の子” を演じるのもなかなか辛いのです。辛い思いで “光の子” を演じていると “光の子を演じられない子” を見ると許せない。攻撃したくなっちゃうんですよ。

 光のあたる部分、影の部分、両方を見なければ “全体としての月” を見たことにはなりません。
 人間も同じです。自分のなかの両面を認められたとき、自分のこと、人のことを許せるのだと思います。
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2008/07/18(金) 15:45:56 | | #[ 編集]
さりげなく施療の準備してくださり。ありがとうございます!
にっこりです♪^ ^
2008/07/19(土) 21:45:47 | URL | G #-[ 編集]
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