魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 メモリーが詰まっているとPCの作動がわるくなったりしますが、これは人間も
同じ。

 生まれたときはメモリーが空で(前世の記憶は別として)、なんの束縛もなく
歩むことができるけど、、

 生き続けているとメモリーが重たくなっていきます。

 メモリーは社会生活を営むうえでなくてはならないのですが、逆に僕たちは
自分のメモリーに縛られることになります。

 そのうえ人間は脳の理論性にも縛られているので、どのメモリーにも矛盾の
ない行動を行おうとする宿命があります。

 メモリーが増えれば増えるほど、自分の後ろにメモリーをいっぱい引きずって
しまい、前進する力を失っていきます。

 ときどきメモリーを捨てて、若い自分になれればいいですね。

 別の方法として、僕は自分の中の矛盾を許しています。

 でもメモリーには大切な思い出がいっぱい詰まっていて、それは痛みや、苦しさ、悲しさも含まれているんですが、、

 メモリーを捨てると、自分自身が無くなるようで、なかなか捨てられません。

 肉体が自分ではないように、記憶も自分ではありません。

 心とその機能でさえ、自分ではないって信じます?

 2日前、ライアーのヒーリングを受けてきました。

 僕の状態を感じながら、ライアーと声の波動が僕を包んでいきます。

 最後に、6歳ころの僕、寂しい姿の僕が現れ、そのメモリーを光の中に送っていただきました。

 5歳はなれの弟がうまれ、独り占めだった母の愛を失ったように感じて、その頃からづ~~~っと(多分親の家を出るときまでだと思います)死にたいという
思いに苛まれてきました。

 父の葬儀のとき、そのことを弟に話しました。ですから弟には冷たい兄でしたね。もう弟とは和解できています。

 弟も、兄はいろんな塾に行っていたけど(嫌なので長続きしたものはありません)、自分には何もしてくれなかったと言っていました。弟にとっては母の愛はみんな兄に注がれていたのですね・・・

 この事を弟の口から聞けて良かったと思いました。僕のせいではないかも知れませんが、そのことを知らずにいたこと、再度、弟にゴメンナサイをしました。

 バイオリンまで習っていたなんて初めて聞きました!あ~続けていれば良かったです。^ ^

 ミュージカル、Cats の中で歌われる Memory には二匹の猫が登場します。

 年老いた猫と、若々しい猫です。

 メモリーに押しつぶされそうな猫と、命に溢れる猫。

 誰の中にも両方住んでいるのだと思います。

 メモリーが悪いわけではありません。体験が魂に刻まれます。

 体験だけを連れて、この世を離れます。

 そして体験が魂を成熟に向かわせます。



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