魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 先日の高円寺のベトナム料理のお店・・・

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 座った席のちょうど上にありました。

 これまさに十牛図の一つと言ってもいい図柄!

 十牛図って禅のお話に出てきます。

 人間が本来もっている仏性を牛に例えて、一人ひとりの到達点を牛の絡んだ十の絵図で表しています。

 お皿の絵は6番目の境涯(僕の教わったのでは7番目)、牛に乗って家に帰るところ、人生と遊びたわむれている図です。



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 どうです、、お皿の絵と同じでしょ!^ ^ 

 僕の資料はとっても古くって、読めない字もあります。






 下のが十牛図。絵が好きな感じなのでお借りしました。 ポチって拡大。

 検索すると色々出てきます。解説する方によってニュアンスが少し違うかも
知れません。

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 普通は “尋牛” といって牛を尋ねるところから始まりますが、僕のは “失牛” 牛を失うから始まります。ダジャレではありません。

 “失牛” が増えたぶん、9番目の “返本還源” がありません。
 

【失牛】
 もって生まれた仏性を見失う。物質を追い求める。

 人間が本来神と変わらないものを持っていて、これを牛に例えている。

【尋牛】
 物質は求めたが何かもの寂しい。果たしてこれでいいものかと想い悩む。
人と話して牛のいることを聞く。

 人生の目的を探す。宗教的遍歴。

【見跡】
 牛を探しに出かける。足跡を見つけるために尋ね歩く。仏教でいう雲水。

 ある人は馬を牛と言い、ある人は鹿を牛と言い、求める牛はなかなか見つからない。大抵の人は牛などいないと思い込む。

【見牛】
 ついに牛が存在しているのを見る。道とは何か、仏とは何かがやっと見えて
きた。何とかこの牛を捕らえようとする。

 人間の99パーセントまでの人がここまでの4段階に存在している。

【得牛】
 牛は見つけたが、前から行けば角で突かれ、後ろから行けば足で蹴られる。牛は得たいが恐ろしい、なかなか牛は得られない。

 サマーディ・・・  そしてとうとう牛を得る。ここまでが仏を求める道。

【護牛】
 ここから修行の方法が変わる。

 牛は得たが逃してはならない。そこで水を与え逃げないようにする。

 サマーディを経てハッキリと悟りの世界を認識している。さらに修行により
確固たる真念を根付かせる。



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【騎帰】
 すでに悟ることの本当の意味を知り、人生と遊びたわむれている。
  
【忘牛】
 求めずして神の道を歩み、悟ったことも忘れ、仏も忘れ、求めえずして神の道を歩む。

【ソウミン】
 忘れても自己がある。その自己すら忘れる。

 万物と自己は一体である。



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【入〇 ← ?】
 自己の行くところに神がついて来る。神を使い、仏を使う人となる。

 最後の境涯となった者は普通の人となって街に戻ります。そして何気ない言葉で若者のなかの牛を逃がします。

 牛を失った若者の、牛を求める旅がまた始まります。








明日から銀河の音は新しいサイクル

10/30 自己存在の月(4月)/13 KIN105 赤い磁気の蛇

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銀河の音 ◇ 磁気の 〓 目的 ・ 統一する ・ 引きつける

太陽の紋章 ◇ 赤い蛇 〓 生命力 ・ 生き残らせる ・ 本能




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