魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 心の道具・2   【動機づけ】エモーション





 感情を使いこなす・後編


 「感情誘導」は、考えとイメージを用いて特定の感情を、それが欠けて見える部分に導き出す方法です。

 私が「見える」と言ったのは、感情が欠けて見える無感動や倦怠も、実は恐怖が表出したもので、落ち込みは押さえつけられた怒りの一種だからです。

 無関心、ぐずぐずする癖、怠惰などはすべて、私たちを本当にしたいことから遠ざけるために、感情が姿を変えたものなのです。

 「感情誘導」は、考えとイメージが感情を刺激する、という性質を利用します。

 かなり激しい感情的反応を生み出しそうな考えやイメージを意図的に選ぶことで、それらと結びつく行為を実行に移させるのです。

 怒りは刺激性の高い感情で、感情が怠けているときの薬にもなります。「怒れる者は奇跡を起こす」と言った人があります。これはもちろん怒りが外に出ること、具体的には不正を正すために義憤が働いた場合のことを言っているのですが。

 考えやイメージは、人を不愉快な感情の回転木馬に縛りつけるだけでなく、行動に駆り立ててくれなくては意味がありません。

 いったん行動が開始されれば、元になった考えやイメージを修正し、不正を正すためだけでなく、正義を行うための情熱に、怒りを向け直すことができます。

 怒りの誘導先の一つには、他人への共感があります。

 他の人たちの問題解決を手伝うようになった途端、退屈や落ち込みが魔法のように消えてしまった人を、私は見たことがあります。

 自分一人で感情誘導するのは容易ではありませんが、友達の手を借りて、それに必要な新しい考えやイメージに集中できれば、より効果があがるはずです。

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「ムーミン屋敷」で遊ぶ子どもたち。





  「感情の観察」は訓練を要する技術です。

 なぜならそれには感情を抑圧することなく、また感情に駆り立てられて望みもしない無意味な行動に出ることなく、自分の感情を流すことが関わっているからです。

 これが第一に、感情の真の姿~~メッセージを運ぶエネルギーの流れを知ることを意味します。

 感情と一体化せず、「どうなるか見てみよう」という少し距離をおいた態度を持つことが必要です。

 これを始めるのに役立つ方法は、例えば「私は怒っている」と言う癖をやめ、代わりに「私は怒りを感じている」と言う習慣をつけることです。

 そもそもこの言い方の方のほうがより真実に近いのです。感情そのものと
“一体化することなく”感情を味わうことができれば、あなたはその感情が言おうとしていることに注意を払えるようになるはずです。

 感情的になっているときに頭に浮かぶ考えを観察すれば、その感情の元になった考えやイメージが発見できるでしょう。

 それらの考えやイメージを変える決断は、感情が自然に流れ去ったときに行います。  


 訓練を要するもう一つの技術は、意識的な筋肉の弛緩です。これには自分の体、特に筋肉の緊張の度合に注意を払えるようになる必要があります。

 訓練を積めば、あなたも緊張の高まりと感情の高まりが同時に起こるのに気づくようになるでしょう。そうなれば、意識的に筋肉を弛緩させ、感情エネルギーを発散できるようになるはずです。

 こうすれば、反応することなくメッセージを受け取れるようになるため、この方法を「感情の観察」 と併用して効果をあげることができます。

 エネルギーは理由もなく消滅しないことを理解すべきです。

 消えたかのように見えても、それは純粋なエネルギーとして体のすみずみまで広がり、方向転換されるのを待っているのです。



 「癒しのイメージ・トレーニング」 サージ・キング著 春秋社より




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「ムーミン屋敷」で遊ぶ子どもたち。










 ◆ フナ  

 ホ・オポノポノ(Ho'oponopono)


 これはつまり、テロリストの活動、大統領、経済――あなたが経験していて好きではないこと――を癒すのは、あなた次第だということである。

  言ってみれば、それらは存在してはいないのだ。あなたの内面からの投影である以外には。

 問題は彼らに関するものではなく、あなたに関するものであり、それを変えるには、あなたはあなたを変えなくてはいけないのだ。

 このことは把握するのも難しく、ましてやそれを受け入れて実際に生きることはもっと難しいとわかっている。

 非難のほうが、完全な責任よりもはるかに簡単である。

 しかし、レン博士と話すにつれて私は気づき始めた。彼にとっての癒し、そしてホオポノポノにおける癒しとは、あなた自身を愛することなのだと。

 あなたが自分の人生を改善したければ、あなたは自分の人生を癒さなければならない。

 もしあなたが誰かを癒したければ―たとえそれが精神障害を持った犯罪者であっても―あなたはそれを、自分自身を癒すことによって行うのだ。



 

 
 つづく 


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「ムーミン屋敷」で遊ぶ子どもたち。





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