魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
CA391654_convert_20170126121133.jpg















 
 ビオトープにはった氷が日差しで融けて流れ出していきます。そんな季節
です。







 みんな! みんな! この世界を良くしようよ!

 僕たちは、みんな、創造主と一緒なんだよ!

 創造主といつも一緒に世界を創造しているんだよ!

 というか、僕たち一人ひとりが望まないと、創造主が勝手に世界を造るってことはないんだよ!

 創造主は限りなく優しいから、こちらの意志を無視して働くことはない。

 だから創造主は、今か今かと待っている・・・

 自分の力を使ってほしいとウズウズして待っている・・・

 世界を変えるって難しいことではない。

 それは自分を変えること、自分を解き放つこと、自分自身に自分の夢を叶えることを許すこと、自分を愛することを許すこと・・・

 自分に起きるどんなに小さいことも、そのまま世界(宇宙)に影響を与えます。

 自分で決めたどんな選択も、そのまま世界に反映されます。

 自身を救うことが、そのまま世界を救います。

 だから、 みんな! みんな! この世界を住みやすい世界にしようよ!

 それは難しいことではない。

 世界はいつも、“あ な た” のハートの真ん中で造られている。

 そこが、“世 界 が 始 ま る と こ ろ”。

 そこに “わ た し” はいます。

 その場所で、自分が自分らしくしていられる、そしてニッコリと微笑みが生まれることを “こ と ば” にしてください。

 いつも一緒にいる創造主に、その “こ と ば” に形を与えるように指示を出してください。

 創造主は指示がないかぎり、自ら力を振るうことはありません。

 そしてその “こ と ば” が形になる様子(創造主の力が働く様子)を見せる
ように言ってください。

 そしてその様子を観察して確認してください。(イメージで見えても、体で感じても、声で聞こえてくるでもOKです)

 そしたら、自分の望みが少しだけ世界を再創造したことを喜んでください。

 今まで、みんなが(潜在意識も含めて)望んだことで産まれたのが、今あるこの世界です。

 そこがみんなの幸せに繋がってないと思うなら、変えていったらいいだけです。

 幸せって、人が(動物が、植物が、形なきもの達が、宇宙が)幸せになるのを
支えてあげる力が自分にあることを知ることなのですよ!

 そんな人が始めは少しずつ・・・

 そして臨界点を超えたら、あっという間に世界中に増えていくことを、僕はハートの真ん中で温めています。

 “あ な た は 宇 宙” なんです・・・













 
 
 メモリーがいっぱいになると、その重みで前進する力が削がれるってお話しをしましたが・・・

 ライアーのヒーリングの中で、6歳のころの寂しそうな僕のメモリーを光の中に送ってもらったお話しをしましたが・・・

 それは思い出そのものを消し去ることではありません。




 記憶とはすでに過ぎ去ったもので、その時は現実であっても今はもうありません。

 あなたは今から目を瞑り、イメージの旅をしてみてください。その旅は世界一周のクルージングでも、ラクダに揺られての砂漠の旅でも、UFOに乗っての銀河の旅でもかまいません。

 さあ今、あなたは旅から帰ってきて、我が家で目をあけます。

 イメージであっても素晴らしかった旅のシーンを思い出すことも出来ます。

 あなたの現実の過去の記憶と、イメージの旅の記憶は、あなたの脳の中では全く同じ働きをすることを覚えておいてください。

 メモリーとしては同じなのです。




 例えば、自分が大切にしている人から見捨てられたり、目の前で肉親が残虐に殺されたような体験であっても、メモリーとしては同じなのです。自分がイメージの旅で体験した一コマと同じです。

 ただこのような重大なトラウマを引き起こす体験は、ただのメモリーなのに、
その人の人生に影響を与え続けることになります。

 もし自分の過去の体験、それを思い出すと、その影響で居たたまれなくなったり、怒りで体が震えたり、こみ上げる憎しみを押さえられなくなったり、体調が落ち込んでしまうのであれば、あなたはその思い出から自由になっていないのです。

 当事者が謝ったり、罪を償うことがないと、そこから変化できない人が多いの
ですが、それは解決する力を他人に預けてしまっているということです。自分
には力が無いと認めています。

 自分から許し、新たな一歩を踏み出せるなら、あなたは人生にこれ以上ない
宝をその体験から得たことになります。

 考えられないでしょうが、こうなった人は貴重な体験をさせてくれた相手に感謝を送ることになります。

 体験は食物と同じです。体内に入れて養分をとったら残りはサッサと排出するのが基本。

 6歳のころからいったい何年、このメモリーは僕の中で解放されるのを待ち
続けていたのでしょう・・・

 6歳のころの寂しそうな僕を光の中に送っていただいたというのは、、

 そのころの寂しい思い出を消し去ったのではなく、その当時の寂しさを思い
出しても影響を受けなくしたということです。

 メモリー自体を消して軽くなるのではなく、辛いメモリーと出会ってもグラつかず、記憶を直視でき、風を受けそよぐ草のようになる。

 自分の記憶から自由になる、それが自在ということです。



CA390510_convert_20170120160136_convert_20170120161048.jpg











6歳以前、憂いをおびる前の幼年G・・・








 
CA391679_convert_20170119182747.jpg


















 「背中なら、押してあげるわよー!」

 「押して、崖から落としちゃうかも!」

 「また、この人のジジイっぷりもいいね!」

 「生きてきた人生の重みがある。 同じように歌っても若い人には無理ねェ。」

 ジジイっぷり・・・

 ハゲっぷり・・・

 私にも、希望の光がさしてまいりました。^ ^




 
CA391679_convert_20170119182747.jpg















You Raise Me Up  MARTIN HURKENS




 心身ともに疲れ果て、心が折れそうになる。

 そんな時、君が横にきて座ってくれる。

 君が背中を押してくれる。

 君が支えてくれることが、僕が思っている以上の勇気を与えてくれる。




CA391676_convert_20170119182727.jpg



















 そんな内容の歌です。

 人々が立ち止まります。

 僕がこの歌を聞いて胸を打たれたように、人々も胸が熱くなっているのが映像からうかがい知れます。

 まるで歌っているこの人に支えてくれる優しいパートナーさんがいるようにも
取れますが、それは歌の中のお話し。

 現実には、この歌っている人。この老人が歌を通して周りの人たちの背中を
押し、支えています。

 存じ上げませんが、有名な歌い手さんなんでしょうね!

 本当~~に上手ですね! 心を優しく、そして強く、包み込まれてしまいます・・・

 そして、忘れている大切な何か・・・ 

 普段は忙しくって、置き去りにされているもの。

 目の前の仕事や、生活や、場所によっては目の前の戦争の場合もありでしょうか。

 しかし、どんな中にあっても、誰の心の奥にもある豊かな輝き・・・

 人々の足を止め、その人々の心の奥に働きかけ、それぞれが持っている輝きと一つにできる力。

 心の中にあるその豊かな輝きに、目に見えない橋を架けられる能力。

 僕の人生の目的はそこにあるのに気づきました。

 とっても素敵な方ですね~ チャーミングだし。 僕もこの方のようになりたい
です!

 勿論この方のように歌えませんし、チャーミングのほうもね!笑

 でも別の方法で、僕にも何か一つくらいはできる事があると思うんです。

 そしてこんな素晴らしい働きのできる人を一人でも二人でも地上に増やしたいと思っています。

 凄いですね~ 歌声ひとつで人はこんな事が起こせるんですね!

 

 
 
思い出(メモリー)
月光に顔を向けて
思い出が誘うままに心を開き
昔を思って
もしもそこで幸せの意味を知ったなら
新しい命が始まる

思い出
月明かりの下
たった一人
昔を思えば笑顔になれる
あのころ私は美しかった
忘れない
幸せの意味を知っていたあのころ
だから
思い出をよみがえらせて

くすぶっていた日々が燃えつきて
息が詰まりそうな冷たい朝の空気
街灯が消え
また夜が終わり
新しい日が始まる

夜明け
日の出を待っていよう
新たな命に思いをはせよう
あきらめちゃいけない
夜が明ければ今後のことも思い出になるなり
新しい日が始まる

(夏の日の木もれ日は
終わりなき仮面舞踏会)
花が開くように
夜が明けるにつれ
思い出が薄れていく

私に触れて
放っておくのは簡単
たった一人
輝いていた
あの日々の思い出の中に
でも触れれば幸せの意味がきっとわかる
ほら
新しい日が始まった




そのままの掲載です。

触れる体験をたくさんなさってください!

触れる。触れられる。

人とも、世界とも。

この体験の多い人の勝ちです。

体のあるうちに・・・







 
 
 メモリーが詰まっているとPCの作動がわるくなったりしますが、これは人間も
同じ。

 生まれたときはメモリーが空で(前世の記憶は別として)、なんの束縛もなく
歩むことができるけど、、

 生き続けているとメモリーが重たくなっていきます。

 メモリーは社会生活を営むうえでなくてはならないのですが、逆に僕たちは
自分のメモリーに縛られることになります。

 そのうえ人間は脳の理論性にも縛られているので、どのメモリーにも矛盾の
ない行動を行おうとする宿命があります。

 メモリーが増えれば増えるほど、自分の後ろにメモリーをいっぱい引きずって
しまい、前進する力を失っていきます。

 ときどきメモリーを捨てて、若い自分になれればいいですね。

 別の方法として、僕は自分の中の矛盾を許しています。

 でもメモリーには大切な思い出がいっぱい詰まっていて、それは痛みや、苦しさ、悲しさも含まれているんですが、、

 メモリーを捨てると、自分自身が無くなるようで、なかなか捨てられません。

 肉体が自分ではないように、記憶も自分ではありません。

 心とその機能でさえ、自分ではないって信じます?

 2日前、ライアーのヒーリングを受けてきました。

 僕の状態を感じながら、ライアーと声の波動が僕を包んでいきます。

 最後に、6歳ころの僕、寂しい姿の僕が現れ、そのメモリーを光の中に送っていただきました。

 5歳はなれの弟がうまれ、独り占めだった母の愛を失ったように感じて、その頃からづ~~~っと(多分親の家を出るときまでだと思います)死にたいという
思いに苛まれてきました。

 父の葬儀のとき、そのことを弟に話しました。ですから弟には冷たい兄でしたね。もう弟とは和解できています。

 弟も、兄はいろんな塾に行っていたけど(嫌なので長続きしたものはありません)、自分には何もしてくれなかったと言っていました。弟にとっては母の愛はみんな兄に注がれていたのですね・・・

 この事を弟の口から聞けて良かったと思いました。僕のせいではないかも知れませんが、そのことを知らずにいたこと、再度、弟にゴメンナサイをしました。

 バイオリンまで習っていたなんて初めて聞きました!あ~続けていれば良かったです。^ ^

 ミュージカル、Cats の中で歌われる Memory には二匹の猫が登場します。

 年老いた猫と、若々しい猫です。

 メモリーに押しつぶされそうな猫と、命に溢れる猫。

 誰の中にも両方住んでいるのだと思います。

 メモリーが悪いわけではありません。体験が魂に刻まれます。

 体験だけを連れて、この世を離れます。

 そして体験が魂を成熟に向かわせます。



CA391651_(1)_convert_20170116142541.jpg





















 
 最近、僕の性格が悪くなったとパートナーは言います。

 「嫌味ぃ~なことを言ったり、人の揚げ足を取ったり、思いっきりの誉め言葉に棘が潜んでいたり。」

 まるで、「これでは一緒に暮らしている人のようではないか!」と。笑

 「一緒にいるうちに私の性格がうつったに違いない。前はあんなにいい人だったのに見る影もない。私の悪口は言うし、私のおやつも食べるし。」

 ダースベイダーと合体したからに違いがないと僕は思っています。

 でもそのお蔭で、シャドーに含まれる豊かさが取り出せるようになったはず?

 まだ慣れていないのです。ゴメンネ!

 今のところは、ひねくれ坊主だけど、明日の僕を見てね!

 目覚めている意識の境界面が海面とすれば、氷山が海の上で見えるところが表面意識。

 海の中に隠れていて見えない氷山が潜在意識。いやそれより遥かに上回る
領域になります。

 そのシャドーの中の豊かさ? って何ですか~?

 この前、うまい例えを思いついたのですが、忘れてしまいました。^ ^

 思い付いたらすぐにメモらないといけません。

 思い出したらUpしますね~。





CA391648_(2)_convert_20170115141518.jpg
















綺麗な空でしょ!鹿台橋(ろくだいばし)から撮りました。






CA391648_convert_20170115135234.jpg
















こちらが元絵です。やっぱり性格悪いかな?







 
 
 暮れに父が旅に立った。

 この8日、親友のお母さまが逝かれた。

 「日本ではまだだけど、死にゆく人の枕元で 『チベットの死者の書』 の読み聞かせは必要よね。」 彼女がいう。

 僕も老人施設で 「死ぬのが怖い。」 「朝起きて生きているとホッとする。」 「どうして死んだらいいかわからない?」 等、お話しを聞くことになります。

 お話ししても、受け入れられる方と、話せない方がおられます。それは自然と分かります。

 話しの基本は、死は通過点で生の一部であること。一番輝いている光に向かって進めばいいこと。なんの心配もいらないこと。私とあなたは又きっとどこかでお会いするということ。

 細かいことは、その人その人で違うのでアドリブになります。

 一度でハジケル方は少ないですが、繰り返し繰り返しそのたびにお伝えします。

 その後、明るくなって老後の春を迎えておられる姿を拝見しますと、あ~良かったなあと思います。

 アメリカで長年活動を続けている“ダイイングプロジェクト”みたいなのを立ち
上げるのはいいですね。





CA391650_(1)_convert_20170115120814.jpg
















『バルドソドル』 おおえまさのり訳編





 
 お散歩から帰ってきました。

 今日は新ルート。

 狭く、歩道がなく、車の多い道が結構つづくのと、全体で距離がありそうなので二の足を踏んでいたのですが・・・

 家 → 滝不動さん → マミーマート → 高麗峠 → ドレミファ橋 → 巾着田 → 家

 家を出たのは3時半。

 足と体が重くて、高麗峠の登り、しんどかったです。

 寒くなるって予報でしたが、お天気で歩くと暑いくらいでした。





 CA391633.jpg
















 巾着田に降りてくると、月が登ってきました。





CA391636.jpg
















 今日は満月だったんですねェ。





CA391638.jpg
















 明るいお月さまでした!台の古道で。





CA391639.jpg
















 家の近く。

 上り坂で、足が軽くなっているのに気づきました!

 家に着いたのは5時20分。

 歩数計は1万歩を超えていました。






 
 生と死のむこうにある心の本質を知ることができたら、その生には意味が
あったという事になる。



 それが出来なければ無意味なことを積み重ねたにすぎないだろう。



 誕生のとき、おまえは泣き、全世界は喜びに湧く。



 死のとき、全世界は泣き、お前は喜びに溢れる。



 かく生きるのだ。



 死ぬこと、産まれること、そして生きること。

チベット死者の書 死と再生の49日(NHK 1992 )より




CA395158_2017011211050398d.jpg
















 もうすぐ6年。

 南三陸町。海があふれた海岸です・・・





 
 今日の、「伊集院光とラジオと」に土井よしはるさんがゲストで出ていた。

 ラジオから

 「一汁一菜のスタイルが日本料理の基本です。」

 「味噌汁、ごはん、漬物、この三角形があればOK。」

 「この基本を崩さない。それが日本料理の原点。」

 「味噌汁に入れていけない物はない。」

 「具たくさんの味噌汁でごはんを食べればよい。」





 この後・・・





 「味噌は人が作ったものではなく、麹菌という自然が作ったものです。全ての
食材が使える。自在なのです。」




 前回の福田せんせいの治療。

 「自在になる。」という指示が出ていました。

 自在って、自由自在のこと。分かってますよね~

 でも自分が自在になるって? どうよ・・・?




 「トマトを入れてオリーブオイルを垂らしてもいいんです。」

 「バターを入れたっていいんです。」

 「みんなが作るのが楽しい。それで、みんなが幸せになる。それが料理人の
仕事です。」





 目から鱗でした!答えは味噌汁の中にありました。




 「季節の変化によって、中身、何にしようかな?てのが料理です。」

 「味噌汁は究極の日本料理。自由自在、全ての可能性を含んでいます。」





 あす、福田せんせいの治療です。

 せんせい手元に予定表なかったのですが、

 「1月11日、午前11時からはどうですか?」

 「あ、それなら覚えられるよ~」







CA391631_convert_20170110194725.jpg















今日の巾着田での燻炭づくり。



CA391632_convert_20170110194750.jpg















楽しかった~!大人の火遊び。^ ^











 
 みんな同じ。

 福田せんせいの、「目的を決めて自分を感じると、目的で神の力が働く。」

 自分と神の一体感がベースになっている。

 みんな同じ。

 シータヒーリングも、7層ですべてのものの創造主と繋がる。

 創造主に目的のコマンドをすることで、自分の目的への宣言を確立する。

 みんな同じ。

 空海も自分の実相である大日如来と一つになる。

 遍く宇宙のどこにあっても自分を通して大日の力を使う。

 みんな同じ。

 「チベットの死者の書」も、心の本体の光と一つになるように語る。

 神人合一が基本。

 悟りと迷いは分かれてはいない。

 本来、人と神(宇宙、光、愛、命、意識、みんな同じ。)は離れてはいない。

 離れていなければ、足りないものは何ひとつない。

 離れていると錯覚することが、宇宙からのエネルギーの流れを切ってしまう。

 すると、自分を力のない弱い存在だと感じてしまう。

 このことが、恐れを生む。

 恐れが不安を創りだす。

 そののち、不安を埋めるための、ありとあらゆる事柄が行われる。

 大切なのは、ハートの中の わ た し といつも一緒にいること。

 そこが世界の始まるところ。

 そして、いつだって帰るところ。

 エネルギーは わ た し から流れ出ている。

 「わ た し が道であり、真理であり、命である」 とはそのこと。

 みんな知らないけれど、みんな蓮華の座に座っている。

 悟っていない人なんて、何処にもいない。

 だから迷わない人も、何処にもいない。

 みんな同じ。

 自分との一体感。

 離れてなんていない。




CA394116_convert_20170107110938.jpg
















 彼女と付き合い始めたころの写真。

 触ると幸せになるロバのロージーと一緒に。都幾川にて。





 
 今日パソコン周りを片付けていたら瞑想会のメモが出てきた。




 一歩一歩、本気で自分を感じて生きる

 自分で選んでやって その結果を受ける

 うまくいかなかったら 神と一緒に大笑いする

 ほんとは喜ぶ

 体験したら終わりだよ

 そして新たに選択する

 やるぞーーー!

 喜べないのは 神と一緒じゃないからだよ

 体験し終わったら次にいく

 それが人生ですよ

 嫌な人がいたら それを感じている

 その重さを感じている

 その(嫌な)人を(神の力の働く)目的に 自分(一体の神)を感じるんですよ

 感じてしまったら お仕舞にして喜ぶ

 そしたら その人が変わる

 それが愛ですよ

 神と一緒に体験したよ

 一緒に仕事したことを喜ぶ

 神がわたしを通して 重さを感じている

 重さを感じたら お仕舞

 それを こまめに こまめに こまめに やっていると病気しないよ

 そうすると自分の人生 軽いよ

 ことば からだ 感情を いつも感じていたらどう

 肉体がなきゃ できないよー!

 せっかく こっち来たんだから!







CA391624_convert_20170106200559.jpg














〇 


 今日は高麗神社さんにお札を頂に行きました。

 さすがに行列はなく、スムーズにお参り、お札を頂けました。

 ここにも高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)の絵があります。

 絵の前に立つと自然に涙が湧いてきます。若光さんとは繋がっているんですね~

 この王族の直系が高麗神社を護り、現在の宮司さんは60代目にあたるそう
です。





 
 僧侶になるために必要な資格はありませんが、仏教の世界には仏門に入る
ことを許可してもらうための「得度」と呼ばれる儀式があります。

 ふむふむ・・・

 得度(とくど)は仏教における僧侶となるための出家の儀式。

 ふむふむ・・・

 剃髪し戒を守ることを誓約し、戒名(僧名)を与えて頂きます。この儀式を受けることで僧侶の仲間入りをします。

 ふむふむ・・・ 戒名(僧名)は頂いています。

 以前、古神道 と 真言密教 の修行?を10年ほどしたことがあります。
  
 その時の仏界、不二山海山寺(今はありません。)より 浄円という戒名(僧名)を与えて頂いています。

 なあ~んだ。 もう僕はお坊さんだったんだ~

 でも、お釈迦様の弟子になったということで、僧侶の卵だということです。

 ふつう、各宗派の僧になるには、それぞれの宗派で3年ほどの修行や、大学で学ぶ道や、通信教育もあるようです。

 そうかぁ・・・

 僧であることを宣言すれば、スタートできるんだ。

 僕はお寺を持って、延々とつづいている葬式仏教をしたいわけではありません。

 ここが、みんな仲良く幸せに暮らせる星になるように、お役に立ちたいだけです。

 本来一つである世界に裂け目ができて、二つに分かれていれば、そこに橋をかけるのが夢です。

 大学に学びには行かないだろうし、免状を頂きにお寺にも(必要がなければ)
行かないでしょう。

 空海に興味をもって調べたように、一休さんや、良寛さんや、本を読んだりしたいですね。

 昨日、在日韓民族の無縁仏の魂に愛を送ったように、目に見えるもの、見えないものの区別なく祝福を続けていきたいです。

 そして何よりも、全ての答えは問と一緒にあると思いますので、自分自身に
興味をもって生きていきたいです。

 浄円さん、 三日坊主じゃ駄目なの知ってるよね~ 笑




CA391600_convert_20170103131446.jpg

















 
CA391599_convert_20170102194013.jpg
















 初詣に 聖天院 と 高麗神社 に行ってきました。

 高麗神社さんはまだ混んでいるので、お参りは後日に。

 高麗神社さんでは、屋台の韓国のお菓子 “ホットック” てのを初めてたべました。

 ホットケーキ風の小麦粉に、さつま芋のあんと、ナッツと、シナモンと、黒砂糖が入っていて。で、鉄板で焼いたもの。黒砂糖ならOK!僕の食べられるの本当に少ないんです。メチャ美味しかった!!^ ^

 家から目的地まで歩いたのは初めて。。

 やはり初めて付けた歩数計。 1500歩?というのは考えられず、ひと回りしたんでしょう。

 すると11500歩。こんなに歩いたお散歩、今までで最長でしょう。






CA391594_convert_20170102193828.jpg
















 聖天院は、高句麗から渡来した高麗王若光の菩提寺です。






CA391595_convert_20170102193904.jpg














〇  

 昔は帰化した大陸の方々から多くを学んだ我が国です。

 彼らの風水で、ここは日本の中心で最高の場所なんですね~






CA391596_convert_20170102193934.jpg
















 在日韓民族無縁仏の慰霊塔に初めてお参りしました。

 第二次世界大戦の不幸な歴史の中、日本人でさえ大変な思いをしてきたのに、在日の方がどんな思いで無縁仏となったのか・・・

 小さな鐘を突いてみました。

 その音(ね)は、いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも・・・・・・・・・

 心に響き渡る、素晴らしい音でした!

 彼らの魂を弔うとともに、僕に力を貸してくださいと自然にお願いしていました。

 



20150129181323cf8s.jpg















 帰りに甘酒をいただき、山門の横にでます。

 山門の右側には若光のお墓があります。

 石を積み重ねた、質素なお墓です。

 手を合わせましたら、「先ほどは ありがとう!」 って!!

 思いもかけず、心が繋がっていることに自然に涙が溢れました。




 本当に良い地に住むことができました。

 本当に良いパートナーと出会えました。

 折々に季節を感じ、季節の中を一緒に歩くことができます。

 昔の大変だった日々が夢のようです。

 暖かい知人が次々と出来ます。

 今日もいい日でした。

 まだ終わってないけど。

 この世は夢なのかもしれません。

 いい夢を生きましょう。

 いい人生を生きました。

 まだ終わってないけどね。笑







 
 
CA391592_convert_20170101130207.jpg














 30日、朝におじいちゃんが97歳で旅立ちました。

 栄養を摂らなかったことで、ほとんど苦しむことなく逝ったと思います。

 最後の1ヶ月ほど入院してましたが、それまでは一人で生活していました。

 最期は病院の食事を拒み、点滴も抜いてしまい、本当に最後まで好きに生きた人でした。

 かつては自分勝手な父が嫌いで許せなかったのですが、ここ2、3年、母の
自宅看護と看取りの時期に和解ができたのは本当に良かったです。

 僕も父にやれることは全てしたと思います。

 寂しさも少しはありましたが、すぐに去り、スッキリとしています。

 両親を見送って(葬儀これからですが)、気持ちがとても軽くなっていて、不思議な感じです。

 存命中から、「何~~んにも心配いらないからね~ 一番強い光に向かって、真っすぐに進むんだよ!」と伝えてありました。

 これはね・・・ 肉体を去る魂にだけでなく、肉体を持つ魂にも同じことが言えるんですよ!

 昨日、預かっていただいている斎場で枕経を上げることもでき、もう一度、念を押して伝えました。

 あ~ まだ耳は聞こえてるんですよ!

 ばあばにも、「しばらくすると、おじいちゃんが行くよ~」って言ってあります。

 もう戻れない人に 行かないで欲しい気持ちで涙する人は多いですが、背中を押してあげて見送る人は必要なのですよ。

 おじいちゃん、今日は何処まで行ったやら・・・









 さて元日です。

 凄~~~くいい新年を迎えました。

 年末、こちらの世界に生まれた目的を思い出したのですが、、

 具体的にどんなことをしたらいいのか???

 色々 あるんですよ~・・・

 しかし、具体的にピタッとすることが思いつかなかったのです。

 それが、起きる前にパートナーが 「お坊さんになったら~」って言ったのです。

 ベッドの中で、しばらく、、ん・・・・・・・・・ん、、んって・・・、、

 これ!いいんじゃない!

 別にお坊さんにならなくってもいいんだけどね!

 結構、自分の目的を実現するのには、好都合だと思えたのです。

 お坊さんになる。 これ かなり はまりました。

 具体的にお坊さんになるには? 調べなきゃ!

 なると決意、宣言すれば、宇宙のエネルギーがそこに向かって動き始めるし、、

 そうすれば具体的な出会い(人、モノ、世界)が始まるんです。

 ちょっと面白くなってきましたよ。^ ^

 病気なんてやってる場合じゃね~よなぁ。