魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 明け方に起きたとき、ゴミを出すのを思い出しました。
 今日は仕事入ってないので、起きるの何時かわからな~い♪
 ゴミ屋さん行っちゃうかも? 今のうちに出しておこう~っと!


 表に出てみると 空が明け始めていました!
 空気は 朝の香りがする・・・♪
 風がそよそよと 腕が気持ちいい♪
 鳥たちがうれしい!うれしい! ってさえずり始めています♪
 三日月と金星・・・ キレイ♪


 写真が撮りたくなりました♪



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6/29 3:52AM



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とても三日月美しかった・・・



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携帯ではアラビアの剣のような両端は無理でした。



 ほんの10分くらいの差で、
 こんなに明るさが違う!
 三日月の高さが違う!
 この星が回っている!!!

 みなさん 星さん おやすみなさい・・・



 
 「約束は守るもの」 「相手にも守らせるもの」 と思ってきましたが、
 「相手に約束を守らせようとするのは、“愛” ではない」 そうです。
 「えェ!そうなの?」って思いました!

 約束は普通二人以上の間で行われるのですが、ある一定の期間お互いを約束した事柄で縛りあうことです。
 「私は○○をする。代わりにあなたは◇◇をする。」
 「あなたは私に○○したのだから、◇◇しなければならない。」
 「私は何もしない、でもあなたは◇◇をする。」 (不平等条約)
 「あなたと私は毎年7月7日に逢う」 (織姫と彦星)

 色々な約束の場合があるでしょうが、個人間であれ国家間であれ、約束はお互いに納得することを条件の契約です。一方が守らなければ他方の利益が損なわれます。「嘘ついたら、針千本飲ーます」 って、約束にはよくこんなおまけ付いてる!凄いですよね。実際に軍隊が攻撃したりします。

  約束は約束を果たすまで相手の心変わりを許しません。せっかく約束しても翌日になって気が変わったって言われたら頭にきますよね。でも “愛” とは相手の変わりゆく自由を認めることです。次元上昇して “愛” への意識が変化したとき、人々の交わす約束という行為は大きく変わると思うんですよ。もっと言えば、“愛” の本質に目覚めた人は約束をしなくなる。

 普通、約束はお互いの利益の合致点で行われるんじゃないでしょうか。お互いに求める見返りがある。自分だけやったら損だと思うから人を巻き込んで平等にする。

 ところがこれからは、自分が決めた人や、大勢の人が幸せになるのなら、それを喜んでする。それを見ていいなと思ったら、思った人も参加する。約束だからするんじゃなくてね。そう言う人たちが増えてくると思うんです。見返りを求めてするとしたらそれは “愛” ではない。

 でも、そうしたら結婚はどうなるんでしょうね?結婚もある面で見たら約束!契約ですよ!

 動物の世界では卵で生んだらそのまま放置しても育っていくもの、親が交代で暖めるもの、子作りまでは協力しても後は去ってしまう雄、反対に子どもを産んだら雄に任せて去ってしまう雌、カッコウのように他人の巣に産んで育ててもらう者さえあります。殆んどはペアで協力して巣立つまで育てるのですが。それだけにペアをくむときの雌の雄に対する選択は厳しいものがあります。動物でも人でも子どもを一人前にすることは大変なのです。

 人の場合、出産前後、周りからの助けがないとどうにも成らないばかりでなく (この頃の僕は本当に点数低かったと思います!ゴメンナサイ!)、一人前になるまでの年月が長いため協力は必至です。最低巣立つまでは結婚の約束と責任を果たしてもらわないと困ります。 (その後はもうどこへ行ってもいいわよ!
って場合も多いそうですが・・・)

 その途中で、気が変わったから結婚やめるわ!って言われたときでも “愛” は許すことを選択するの?

 きっと “愛” は約束で相手を縛るのではなく、本当は自分も変わっていいんだ!と言うことを知っていながらも、自分との約束を守ろうとするのでしょうか?
 結婚は相性もあるし、気が変わることもあるでしょうが、“愛” による覚醒という変化は、家族との新しい関係と喜びをもたらしてくれるような気がします。

 一夫一婦制まで変化するかどうかわかりませんが、結婚という男女の関係においても相当大きな変化がやってくると思います。問題が問題なだけにまとまりませんが、昨日は二人でこんな話をしました。世界が 「移行期」 を向えた時代の“結婚と家族と愛” のお話は、吉本ばなな さんに書いてもらいたいと彼女が言っていました。面白いでしょうね♪本になったら絶対に読みますよ!

 
 
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 24日金曜日、関東地方はあちこちで39度を越える気温を観測しました。
その日の夕方の飯能。



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 広小路といえば上野を連想しますが、飯能にもある広小路のマンション5Fからの撮影です。右下の山陰は天覧山。






(ハトホル達)
 「新秩序」 とは、時間と空間の新たな秩序をいいます。これは基本的には、個人が三次元意識から四次元意識あるいはそれ以上の高次の意識に移行する
機会です。これを象徴する出来事は多くのレベルで起きますが、ここではその
主要な特性を二、三ご説明しましょう。

 一つは顕在化が即座に起きるということです。実際に日常でものごとが起きる速度がどんどん増してくることや、あなたが考えたり言ったりしたことが実際に
生じるまでの時間がぐんぐん短くなってくることで、次元の移行が近づいていることがわかります。多くの人がこうした現象をすでに経験されていると思います。

 人々はこれまでにないかたちで地球の真価を知ることになります。地球自身も根底からの変化を体験し、そのプロセスのあいだに地球の意識はさらに覚醒します。地球に存在するものたちのなかに地球規模のつながりが生まれます。それはまるで人類全体が一つの思考あるいは一つの意識を持つにいたったようでもあります (わたしたちはここで 「まるで・・・・・・ようである」 と比喩的に表現していますが、それはまるで豊かな多様性と多面性を有するただ一つの意識が作用しているかのようでしょう。)

 さらに言えば、人々とも地球とも直接つながっているという感覚を持つにいたるでしょう。

V(ヴァージニア・エッセン)
 「新秩序」 にたどり着いたことを認識する主要な二つの方法ということになりますね。しかし即座の顕在化と、一つの意識を持ったありかたというのは、奇跡に近いような気がするのですが。

(ハトホル達)
 ええ。背後にはたらいている原理を解さない人から見れば、それは奇跡に見えるでしょう。しかし、ものごとを結びつける法則を理解し、別次元への移行の際に時間が加速することを知っていれば、それが奇跡などではなく、ものごとのごく自然のありかたとして映るでしょう。

          「ハトホルの書」 ナチュラルスピリット社 P177~178




 より高次の意識場で作られた形が、その下の次元で表出します。地震や津波、
地球規模の気象現象でさえも私たちの意識が根底では作用しています。意識下に荒々しいエネルギーやマイナスの感情エネルギーが流れ込みますと、それが無意識に書き込まれた私たちの望みになります。望みは形となって与えられます。

 次元上昇するということは、三次元だけにフォーカスされていた意識が、その上の次元をも認識する能力を手に入れるということです。今まで両足で三次元に立っていましたが、片足が三次元、もう一方がより高い次元に立つ。そのより高い次元の密度がだんだんと濃くなっていく。両足にきちんと体重をかけて歩くことが大切です。

 この、より高い次元の密度がだんだんと濃くなっていくとは、生きるフィールドがそちらに移動していく・・・

 途中ははしょりますが、望みが実現してしまうんです。あの嫌な人が病になればいいと想うと病気になっちゃう。こんな世界は終わりにしたいと想うと世界は
破壊される。“引き寄せ” として人々に少し知られていますが、この真の意味を人々が知ることは大切です。今までの世界では、相当ひどいことを想っても、そうそうは顕現しませんでした。これからはそんな “お互いを傷つける想いは無邪気に持てなくなる” ことを世界は気づくことになると思いますよ。

 いまアパートの外で、子ども達が “達磨さんが転んだ” で遊んでいる声がしています。
 「だーるーまーさーんーが~ 転んだ!」 ってやっていたんですが、
 さすが! 子ども達は自由です。

 「だーるーまーさーんーが~ お風呂に入った!」
 「だーるーまーさーんーが~ カボチャになった!」 って色々なバージョンが生まれています。僕はパソコンの前で笑わされています♪ この子たちは達磨さんをカボチャに変えるようになります。僕たちも同んなじです。

 “楽しく、みんなが幸せな世界” に変わることを想いましょうね♪

 わたしを通して 愛があふれている (わー凄いねー!)
 わたしを通して 周りのみんなに愛があふれている (何て素晴らしいんだ!)
 わたしを通して 世界中に愛があふれている (ありがたいなあ!)
 わたしを通して 世界は幸せになる (アーメン!) 

 僕はクリスチャンではありませんが 「アーメン」 よく使います。
 自分で “このようにする!” って断定したら、〆には 「アーメン!」
 「アーメン」 は 「かくの如くなります」 「その通りです」 というありがたいマントラです。




 
 今日 (日付が変わりましたが) は暑かったですね!
 でも仕事先では弱くクーラーが掛かっていましたが、アパートおよび車のクーラーは使わないでみました。窓からの風や室内でも扇風機の風のほうが、汗は出ましたが身体には合っているなって思いました。

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 今日(昨日)は夏至の日でした。“100万人のキャンドル・ナイト” の日ですね♪ 僕も1人/100万人として参加しました。

 “100万人のキャンドル・ナイト” はもう何年も前から行われていますが、震災の後の今年は、一人ひとりの灯す明かりにはそれぞれの想いが寄り添い、みんなで一つの大きなキャンドルになっているように感じられます。


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 TVでもキャンドル・ナイトのこと、やってました。
 心に残った言葉です。

 今までコンセントの先まで考えていなかった。コンセントを差せばいくらでも電気はあると思って暮らしていた。今は被災した人を思って使える。本当に自分に必要な電気なのか?を考えて使う。

 大量生産、大量消費、多くを持っていることが幸せだと思っていた。量の時代から質の世界に・・・ 幸せはたくさん持っていることではない。幸福はもうかることと違うんだ。

 人の命の大切さ。
 人と人のつながりの大切さ。
 一瞬々々の大切さ。

 仕事ばかりしてきたけど、残業がなくなって収入は少し減ったけど、家族そろって夕食が出来るようになった。帰りは夜道で暗かったけど、明るい帰り道を新鮮に感じる。帰ると子どもはいつも寝ていたけど、お父さんを玄関までお迎え (1歳くらいの男の子) していました。

 分かち合うこと、みんなで楽しむこと、

 “100万人のキャンドル・ナイト” は、明るく、優しく、強い。



 おやすみなさい・・・




 
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パンダ公園。



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パンダ? 中央の奥にいます。見えますか?
ワイドレンズなので広く感じますが、小っちゃな公園です。



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パンダです♪



 葉山に住んでいたころ、実家に行ったときに子ども達が遊んだ公園です。
 それは25年ほど前の話。僕の学生時代まで遡れば、このパンダ君40歳くらい。今は、実家の父親が此処までリハビリで歩いてきています。距離?100mはないかな?

 父親が歩けるようになったのは良かったです。今回は精神的にも今までで一番楽でした!実家は両親の言い合いや、ガンコな父親といると、もうウ~~ンザリしてくるのですが・・・ そういった悪感情が施療中に吹き払われたのです。霧が消えて清々しい感じで、気持ちが良かった!

 うまく表現できないのですが、空から竜巻が降りてきて、普通なら家を壊したり、屋根を巻き上げたりしますよね。自分では拭えないでいた悪感情を破壊して持っていってくれました♪

 三ヶ月ぶりにみんな揃って津久井浜の回転寿司にも行けました♪
 三ヶ月と言えば、父親三ヶ月も風呂入ってないって!!! 僕の仕事は触らないと出来ない・・・ でも臭くなかった!不思議だあ・・・



 
 震災後三ヶ月が過ぎました。

◆ 被災者の方が避難しておられる、近くの青年の家からの依頼の電話はありません。

◆ お願いした、リバース東京の動きはありません。

◆ 三ヶ月をめどに東北へ行こうと話していた三人の話は、ブレーキが掛かっています。




 辰美さんのブログにあった 「ふんばろう東日本支援プロジェクト」 の支援者リストに登録することにしました。 このサイトには現地でのボランティアなどと共に、後方支援として、“はりきゅう、整体などの臨床家” の登録 がありましたので、取りあえず此方に登録して機会を待ちたいと思います。





 今日はだらけています・・・
 忙しい日が続いていたのですが、今日は全く仕事も何の用事もありませんでした。気合が入らないと言うか、何もやる気になれないと言うか・・・

 実家の父親が、しばらく前から再び歩けるようになり、近くのパンダ公園まで自主リハビリで杖をついて歩いています。普通の杖ではなく、富士山を登山するときに使うような長い杖です。お店の床などでは滑りやすいとのことで、イスの足などにつけるゴムの滑り止めを昨日ケーヨーD2で見つけました。クロネコのセンターの発送が終わりそうな夕方になって持って行き送りました。それだけですね、やったのは。


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○ 
23:06 キレイ・・・

 カーテン開けてみたら満月でした!
 この何ともシャキッ!とならない感は、満月と関連があるのかな?
 ないのかな?
 そう言えば、ダルビッシュも暴投してました!




 
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 今日、(6/7) 実家でお昼のカレーを作っていたら、Nせんせいからお電話がありました。
 以前話にあった九州の霊能力者の方 (Rさん) と明日会われるということでした。



 以前の話とは・・・

 震災後、目に見えない世界での作業のため、Nせんせい写真の神社に参拝されたときの話です。その神社は奥羽山脈の南端に位置し、今回の地震の霊的なラインの上だとかで・・・ その作業に必要なものを頼んだのがRさんでした。

 「返すから4千貸してもらえないかな。って言ったら、3万5千送ってくれた」
って伺いました。
 Nせんせい生活に困り、「4千円貸してくれないか」 って話かと一瞬思いましたが、まさかねえ! “あれ” ではないかと思いましたが、のちにお聞きしてみると “あれ” は龍でした。
 返したそうですが、小さくて可愛いのが数匹帰りたがらなくて部屋に残っているそうです。

 Rさん最近バリへ行かれたそうですが、タイ(バンコクでしょうか?)でトランジットのとき、バリ島からお迎えの龍が来ていたということでした。バリの龍は日本のと違って、羽がある龍、西洋のドラゴンの姿ですって!霊能者ってどんなふうに世界が見えているんでしょうね?



 このRさん、日本各地を回って、各地に柱 (見えない柱) を立てられたそうですが、もうもたないので全部抜いてしまったそうです。そしてRさんによると、日本中の神社はからっぽ!神さまはみんな帰ってしまったそうです。そしてこの神さまたちどこに帰ったかというと、今は全国の人々の中におられるそうです!

 いよいよ本来の形に戻るのでしょうか?今まで人々は神社に神を祭り、自分の外側にある神に礼拝してきました。神は祈ったり、願ったり、拝んだりする “対象” でした。

 お社 (やしろ) は身体を象徴しています。自分の身体をお社として、自らの中に神を祭る。自身の心の最も奥に真剣に向き合うのが神を祭ることの本質。その心の最も奥の祭壇に神は帰って来られた、とRさんは言っておられる訳です。

 神は (始まりなき) 始まりであり、(終わりなき) 終わりです。神は唯一つであり、全てです。神でないものは存在しえない。だから私たち一人ひとりも神であることからは逃げられない。自分達だけ特別にはできないのです。

 人間は素晴らしいものと、そうでは無いもの、その区別を付けたがります。その最も素晴らしいものを神としました。でも神はいつも無条件です。人は条件を作っては人を裁きます。裁く人は裁く神を祭ることになりますが、神はどんな人をも裁きません。


 
 あと、Nせんせい、三島由紀夫さんを霊界からサルベージしたそうです!魔族に捕まっていたとか。その後、高杉晋作さん、坂本龍馬さんも引きあげたそうです♪ 九州に帰らない可愛い龍も何匹か♪ お部屋は毎日賑やかで楽しそうですね!

 みなさん強く国を想い、道半ばでこちらを去った方々です。どうでしょう、みなさんで国を動かす政治家に憑霊してもらえないでしょうか?お仲間も大勢いらっしゃいますよね♪
  仲よしが言っています。
 「龍馬さん是非、菅 首相に憑霊してください。四国遍路のときに憑霊したことにすれば、信憑性が高まるし・・・」
退陣瀬戸際ですが、敵の心も、見方の心もしっかり惚れさせて、新しい世界の扉を開いてください! なんか 「ロード・オブ・ザ・リング」 の最終話、あの世で安らげなかった霊たちの参加で一気に形勢が逆転するところみたいですね!

 意識の中の制限という鎖を切って、人生遊びましょうね♪ あなたは光輝く存在なんですから!


 
 みなさん誰かに助けてもらいたい エネルギーを貰いたい (根底に自分は足りないと決め付けている意識がある)

 貰おうとする (どなたか 神さま) 助けてください 

 だからエネルギーが足りない体験をする

 みなさん輝いているのだから どんどんエネルギーをあげれば良い



 治療師をしているとエネルギーを奪われる体験をする

 苦しい 具合が悪い (足りないという意識の) 人には (あげたい) 治療師からエネルギーが流れる

 奪い取りたい人は たくさん貰える

 患者さんは元気になる 治療師は元気がなくなる

 苦しんでいる人に同情する 何とかしてあげたいと思うから 取られてしまう

 苦しんでいる人に同情する 何とかしてあげたいと思うのは大切なこと

 治療する者は 自分は同情していることを意識していると良い 



 具合の悪い人は治るという ( “治す” ではない) 選択をするといい

 「これは大変だ 治したい」 とすると 一生治したい体験をする 

 「自分は健康である」 という選択をする

 足が麻痺していて 思うように歩けないとしても

 不自由という体験はしても 幸せな人生は送れる



 私は素晴らしい存在と言って 物を作る

 お茶を入れても 風鈴 (ご自分が作った風鈴を持ってきてくださった方がありました) を作っても
 
 力がある

 わたしが入れたお茶を飲むと みんなが元気になる



 一緒に参加したKさんの夢・・・ ハチに足 (ももの内側?) を刺される。刺したハチはボロボロと崩れる・・・ 細かくは忘れてしまいましたが、そんな夢の話でした。

 いい夢ですよ 

 ハチは感情ですね

 ハチは自分のことも表してしています

 刺すと痛い 一般には刺してはいけない訳です

 ハチに刺される 怒りの体験 ハチが消える

 人を刺していけない 人を刺していけない と言って自分を刺してしまう

 (そしてハチは消えてしまう) 素晴らしい (夢の) 体験をした 嬉しいねえ!



 以前 お寺で修行していたころ 雨戸の中にミツバチが巣を作ってしまった

 仕方がないので 可哀想だけど 巣を全部取ってしまいました

 (生きていると色々体験する) 体験はしょうがない 全く苦にしない

 身体 (ミツバチ) は消えてしまっても 全く苦なんてない

 また次に (役割を持って) こちらに現れる

 心が失敗したと感じても 素晴らしい体験 可愛い体験

 子どもがワ~ンワン泣いている

 精一杯 親に反逆している

 大きくなって 大仕事をする



 一つひとつの体験は (体験した時に) 終わっている

 その時その時の出来事は その時で完了している

 永遠の愛なんてない

 何にもない

 一つの愛が終わり 新しい出逢いをする

 (全ての記憶のクリーニング、ヒュー・レン博士と通じるものがある、と思いました)



 瞑想と祈りはセット

 瞑想は “神に聞く” 

 神は 「福田 たかのり」 なんて言ってくれない 神が何を語りかけているのか?静けさを観じる・・・ 最高の静けさを観じていただければ結構です

 祈りは “神と語る”

 わたしは此処にいますよ わたしは神と共にいますよ

 瞑想が終わったら まず感謝してしまう

 もうひとつ言えば 始める前に感謝してしまう

 まあ ありがたいなあ~ すっばらしい体験をするぞーー!

 瞑想を始めると 色々な考えが浮かんでしまう

 考え始めたら すーっと行かせる

 何とかしない

 何とかしようとすると 考えから離れられない

 考えてしまう自分 考えから離れられない自分も 許してあげる

 自分は素晴らしい存在

 神は自分に何を語りかけているのか・・・



 上手くいかないときも 前へ前へ ひたすら前へ

 上手くいかないと思うと すぐに身体が動かなくなる

 上手くいかないことは 行かせてしまう



 いい感じ いやーな感じ

 自分が今 いやーな感じを感じているのに 気づけるようになる

 今は いやーな感じの体験をしている

 今は いい感じの体験をしている

 どちらも架空のできごと

 自分はどちらも感じられる 素晴らしい存在

 いやーな感じを感じているのに 気づいていないと 来世まで引きずってしまう



 何か仕出かさない

 コリを取ろうなんて思わない

 すると取れちゃう

 コリを押さないで アルゼンチンの星 (遠い遠い宇宙の果ての星) を押す

 アルゼンチンの星が 此処 (コリの中) にあると思って押しても同じ

 自分が宇宙になって押しても 同じ



 リラックスしたければ リラックスそのものを感じる (リラックスとの一体感)




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 今朝、(6/6) のベランダの植物と光たち!

 


 

 
 
 
 「五月の長野キレイだよ!」って言われてチャンスを伺っていたんですが、先週、先先週と天気が悪く五月は無理かと思っていましたが、台風後、長野に晴れ間がやってきました!五月の最後の日に・・・





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 午後2時ころ、雲が消えた後の穂高・・・
 いま、安曇野に来るなんて、なんてミーハーな!




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 朝6時くらい待ち合わせと決めていたのですが、ピンポ~ンが鳴ったのが7時半くらい?僕は目覚ましまったく聞こえずにスヤスヤと・・・ 結局出発は8時半になりました。 ^ ^;
 でも3時間後には、豊科で下りて目的の碌山美術館に着いていました!長野はまだ新緑の中にありました♪



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 碌山美術館。「ろくざん」 って読むんですよ。碌山美術館は日本の近代彫刻の扉を開いた、荻原守衛 (おぎわら もりえ 「碌山」 と名乗った) の作品を中心に公開されています。
 僕は「碌山」 も 「荻原守衛」 もここに来るまで知りませんでした。



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 カタログよりのコピー

 でもこの有名な作品は作者や名前は知らなくても、みなさん知っているのでは?
 遺作となった「女」。 日本近代彫刻の最高傑作と言われ、苦悩の恋の相手、
相馬黒光だと言われています。
 相馬愛蔵に嫁いだ良 (黒光) の持参した油絵に感動して作家の道に入った
碌山。夫に裏切られ絶望する良 (黒光) への同情は愛情に変わります。
 中村屋で吐血して亡くなる碌山 (パンとカレーの中村屋の創業者は黒光)。
その数日後、アトリエで絶作を見た黒光は像の前で泣き崩れます。



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 13:33 穂高連峰の頂上付近は残念ながら雲の中・・・
 「ちょっと待ってて、消すから」 と言いながら始めた魔女見習いの “雲払いの法” ←???



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 13:38



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 13:44 ほぼ10分でこんなにキレイに!!!
 僕も小さな雲なら出来るんですが (みなさんも出来ます)、こんな大っきなの目の前で消えたのは初めて♪ 



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 帰り道に甲府で一度下りて、バラとガーデニングショーで頂いた案内にあった、コマツ・ガーデンにも寄れました。

 林道を登っていった先にあったリゾート・ホテル。そこのオープン・テラスは、穂高のすぐ下!穂高とそれを取り囲む自然に抱かれました。

 水とみどりの豊かな長野でした。サクラやモモの花は見れませんでしたが、なだらかな傾斜地にある田んぼは田植えの直後といった感じ。アヤメ?アイリス?ショウブ?区別が出来ないのですが、水辺の花たちですよね!あちこちで花盛りでしたよ♪

 帰ってきたのは12時間後。出だしが遅くなりましたが目的の美術館と、雪の残る山と、バラ園が全部見れました。豪華ではないけれど楽しい小さないい旅でした・・・