魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 ほかのデェイケアに来ている書道の先生が「みなさん!毎日がリゾートですよ」って言ってるって聞いて・・・

 それから毎日をリゾートに!仕事に行くときも、そのノリでお出かけです♪

 今日(昨日)は仕事はお休み♪前回、甘酒を呑みそこねた澤乃井酒造さんへ、リゾート!^ ^

hinoe-19_20110228035717.jpg














 前回、5時半ごろ到着したら・・・orz



hinoe-21.jpg














 今回はお昼ちょっと前に着きました。日曜なので混んでいるかな?と思ったのですが、駐車場もすんなり。オープン・スペースのテーブルも自由に使えました♪雨が近いという予報で、お出かけを控える人が多かったのかな?




hinoe-22.jpg














 三人でまず甘酒(変?)。ランチにそれぞれ好きなものを頼んで、湯葉入りの蕎麦、うどん、おでん、柚子みその田楽、酒饅頭(変?)。僕(運転手)以外はぬる燗で乾杯(写真)!一気にリゾート全開です♪



hinoe-23.jpg














 気温は高くなかったのですが、風がなくお日様も出ていたので、暖かな春を感じていました。
 焼き鳥の煙を流されては堪りません!



hinoe-24.jpg














 すぐ横を流れるのは多摩川。



hinoe-25.jpg














 水は不思議です・・・ 流れをジーっと見ていると、意識が違う世界にシフトして行きます。過去と未来が消えて今だけになります。でも一つの流れの中に過去も未来も一緒に流れています。・・・で、低いほうへ、低いほうへと・・・ どんな形(地形)にも自分の形を合わせています・・・ もう長く人生で水を見ているので、水は水、川は川そんなものと、それは当たり前で、そんな物と思っています。ところが自分の中に次から次へと流れる心のおしゃべりを止めて、立ち止まってみます。立ち止まり、世界が止まると、水の流れと一つになります。子どもの時に見ていた水の流れと同じ水の流れです・・・ はるかな過去にこの星で、何度も何度も見ていた水の流れ・・・ 水の音・・・ とおんなじです。



hinoe-26.jpg














 つり橋の向こうにピンクの梅の花が霞んで見えます。午後の光が当たってキレイ・・・
 川の流れ、鳥の声、春の日差し、楽しいランチ、たわいのない話、人と世界と仲良くできる幸せ・・・



hinoe-28.jpg












 二人の酔いも覚めてきたところで、梅が谷峠を越えて “瀬音の湯” へ向かいました。



hinoe-27.jpg














 昼酒、昼風呂、たわいもないけど平和な時間・・・
 のんびりと過ごせた幸せな一日でした!二人共ありがとね♪ ^ ^


 

 
yumi-22.jpg














 すべての出逢いに、祝福がありますように・・・





 糸 諫山実生ver.




 
oto.jpg











Medation Music -the still of night.靜下心來 You Tubeより







 心がワサワサしていると、瞑想できない

 (その意味では午前)二時、夢も見て、心が静かになっている

 呼吸を意識しないと深く入れない(福田せんせいの場合)

 数息観(すうそくかん)

 1?つ 2?つ 3?つ 4?つ・・・ って数えるんじゃないんですよ

 そうすると、センニヒャクゴジュウイチ(1251)とかになってしまう

 呼吸する度に ヒト?ツ ヒト?ツ ヒト?ツ ヒト?ツ・・・ って数えます
 (ネットには、100まで数えて、1に戻るのが出ていました)

 最初は深????く 呼吸する

 そのうち 呼吸しているのか 呼吸していないのか 分からないくらいになる

 呼吸しているのは 分かっている

 「θ波(シータ波)を意識するといい」という人もいる

 たしかにθ波 (超意識に)聞いてみると いいんですよ

 いろいろな事をいう人がいるけど こだわらない

 霊的な世界は深いので 自分で体験しないとダメ

 いろんなお寺で やり方は違うけど どこでやっても同じところへ行く







θ波(シータ波)に関して・・・

 通常デルタ波やシータ波は熟睡しているとき、乳幼児、または数十年の修行を行った修行僧の瞑想時にしか測定することが出来ません。

 「θ波」っていうのは、言ってみれば睡眠と覚醒の中間くらいの脳波で・・・

 151ヘルツの音と、147ヘルツの音を合わせると、4ヘルツになり、音が、ウォンウォン と聞こえ、脳波をシータ波に誘導する。 シータ波になると、普通の時間でなくなり、普段の10分が何倍にもなるのである。

 シータ波から現れる世界は、多くの伝統的な部族社会でシャーマンが体験している世界であり、そしてそれは、どの部族社会でも行われているドラムの特定のリズムを再現することで・・・

 聖音AUM(おーむ・あうむ・おーん)の入っている音節(AUMEN・アーメン、NAUM・南無など)をくり返す。あ音(開口音)・ん音(閉口音)をくり返す(あん、あん、あん・・・おん、おん、おん・・・えん、えん、えん・・・いん、いん、いん・・・などどれでも可 )、ことで脳の中がウォンウォンの状態になっていきます。

 

 
 
ripp-02.jpg


















 先日、息子のところへお届け物があって行ったとき、ももちゃんと

 「まず自分が幸せなのは、大切だよね!」って話になりました。
 「私が幸せだと、華蓮も幸せだし、旦那も幸せだしね!」

 あなたが幸せだと、幸せの波動がまわりに広がっていきます。
 あなたが恐れると、その瞬間に世界に恐れが創造されます。
 全てのあなたが、毎瞬々々意識していることが、世界を創造しています。
 全てのあなたは、宇宙の中心にいます。
 ですから、あなたが幸せであるか?不安であるか?は宇宙には重要な意味があるのです。


 「まず私が幸せになる」のが大切だというと、それは利己的だという人がいます。「まず幸せ」はそれとはかなり違うのです。
 利己的!人の不幸に無関心で、人の富を奪ってでも、まず自分が豊かになりたい。
 という人は大勢います。そのため世界の富の多くの部分が、一国の一部の人に集中しているのが現実です(富の移動が始まっていますが・・・)。でもそれは豊かでもなく、幸せでもありません。

 多くを欲しがるのは、不安であり、足りないという意識があるからです。大金持ちでもまだ足りないのなら、それは貧困なのです。僕たちはみんなで一つの命を生きています。みんなで幸せになる選択をしないと、右手が左手の財産を奪うようなことが起こってしまいます。これは右手にも左手にも不幸なことです。

 右手が集めた富に、左手が怒ります。右手の不安や恐れ(不足感)の意識が、世界に創造されていきました。テロも他人から与えられたものではなく、そうやって自ら世界の果てから招きよせたものです。(自作自演という説も有力です)




ripp-01.jpg














ピンクのスイトピー、オレンジのチューリップ。




 「まず自分が幸せ」とは、まず必要なものは与えられていることに気づくことです。
 僕たちの殆んどは、幸せになるのには、お金が必要、学歴が必要、出世が必要と、まず自分は不足していることを無意識が前提にしています。ですからこの不足を満たすことが幸せになることだと思っています。でもどこまで満たしても、心の不安を手放せないかぎり、いつまでも足りないことになります。

 お金や、学歴や、出世が必要ないなんて言いませんよ。でも、それらには幸せになるための本質的な力はありません。不思議ですが生きていることを喜べると、必要なものは与えられるのです。住むところ、食べもの、仕事、愛を与え合える相手が・・・

  お金や、学歴や、出世があっても幸せになれますが、「まず幸せ」だと世界がひっくり返る! 宝くじの高額当選者のその後の調査では、普通に暮らしている人に比べて幸せ度が低いことが知られています。自分の不足を埋めよう埋めようとするからでしょう。一見欲しいものが手に入る幸せに感じるのですが、不足(不幸)を捜すことをしています。幸せの本質は札束では見えないのです。

 不足からスタートする道でも一向にかまいませんが、苦難の道ですよ。みなさんの大好きな道です。
 すでに足りているとは思えませんか?
 「お金が欲しい」と願うのではなく、(願っている間は、足りないのです)
 「わたしはお金が自由に使えます」と宣言してしまう。
 (何度もいっていると、潜在意識の情報に上書き保存されます)
 この意識の違いは大きいですよ!
 意識が世界を創造しているからです。

 お金に限らず、わたしの平和、わたしの健康、わたしの幸せを宣言してみてください!
 あなたの決意は、毎瞬々々創造されます。
 あなただけが、世界を変える力を持っています。
 あなたが幸せでないと、宇宙は幸せではありません。
 
 ちょっとした問題が発生して新年会パート2が中止になりました。

 問題発生当時、湧き上がってくる感情をコントロールできないでいました。
 それは、その中止になってしまった問題を作ったのは僕のせいだ、と言われたと僕が強く思い、憤りと、怒りと、悲しみがあふれたからでした。そのとき僕は、憤りと、怒りと、悲しみの感情と、その感情が発生した理由を分かって欲しかったのです。

 感情が落ち着くと、この問題に自分の課題があるのが見えてきました。
 このような問題は誰かのせいや、自分のせいにすれば、それで終わるのですが、本当は、誰かが悪くて起こるのではありません。偶然でもなく、必要だから起きたと思っています。

 今回の問題には4人が関わっているのですが、4人それぞれ別々の感じ方、決めつけ方、弱点が絡んで発生したのだと思います。ですからこの問題には4人それぞれの課題が隠されているはずです。勿論、それは自分にしか分からないことですが・・・



 僕に関して言えば、「僕の気持ちが分かって欲しい」ということかなあ・・・
 これは子どものころから、ず???っとそうですね・・・
 まだ子どもなんですね!(多分このブログもそうなんでしょう・・・)
 でも、「自分の気持ちが分かって欲しい」のはみんな同じかも知れません。
 相手の気持ちを分かってあげられるのが、大人なんですがね♪

 それから気になりだした事なんですが、判断せずに世界をありのままに受け取るということです。
 怒りや、憤りが起きるのは、自分が正しいと思っているからです。自分が正しいと思っていると、自分以外の人や、出来事、考え方の間違い探しをしてしまいます。つまり世界を、判断、ジャッジメント、裁いてしまう。

 非難、批判をしない。この裁かない、判断を手放すことで、そのまんまの世界を味わうことができる。
 そして、そのまんまの世界を体験できていること(ジャッジメントの放棄)と、「僕の気持ちを分かって欲しい」(僕のジャッジメントに同意してよ!)の間に僕の知りたいことがあるような気がしています。 

 「僕の気持ちが分かってもらえれば♪」 それは嬉しいことですが、
 「僕の気持ちが分かってもらえなくても・・・」 平和な気持ちでいられる。

 それは、「僕の気持ちが分かってもらえないと!」 悲しくなる。のとは凄く違うのだと思います。
 それは、人の同意がなくとも、平和に静かに立っていられることなんだと思います。



18yuki-04.jpg














先日の雪。アパートの前の車。12日、朝。
 
haru-01_20110208131801.jpg











haru-02_20110208131824.jpg












  La Verdad de la MEDITACION  は、いつかN先生の口から流れた、古いチベットの唄にとても似ていて、心が落ち着きます・・・

 映像を見ていて、若いとき実家のそばの山での体験を思い出しました。
 そうですね、時期は今よりもう少し春に近かったですかね・・・

 三浦の山はけっこう傾斜がきついんです。常緑樹が多く、暗く密生している地面には、去年の秋に落ちたと思われるドングリが、山のように落ちていました。
そんな山の中に小さな畑があって、まわりはススキのやはり小さな原になっていて、そこは明るく開けている平な場所でした。

 風の音や鳥の声が一瞬止んだのでしょうか・・・一面からかすかな音がしています!それも下のほうから!聴こうとしなければ通り過ぎてしまった音・・・だったと思います。もっとよく聴きたくて座りました・・・座ると以外に地面はモワ?っと温かい!

 それは、カサッツ、ピチッツ、っていう音です。耳を澄ますと、それはススキから聞こえてきます!

 ススキも光と温かい陽だまりの中で春を感じていたに違いありません。カサッツ、ピチッツ、っていう音は去年の枯れた幹を割って伸びようとする、ススキの新芽たちの出している音でした♪

 お昼前だったと思います。僕はもう!ススキたちと一緒に春を感じて幸せになっていました!^ ^ それがお昼を過ぎたら、音がピタっと止みました!太陽も出ていたし、暖かかったんですよ!あんなに賑やかだったススキの原から、命に火を灯すエネルギー(シェンロン)が去ったのですね。

 春が近いその冬の日に、春の妖精たちに届けることができた、その日一日分の春だったのでしょう・・・☆"
 
 今日は(もう昨日ですね・・・) 6時半位に仕事は終わり、そのすぐ近くに出来た回転寿司をドライヴ・スルー。7時のニュース(TV)を聞きながら味噌汁を作り、夕食にしました。

 ご飯食べ終わってからも、あっちのチャンネル、こっちのチャンネル回して(今は回さないんだ!)見ていました。(面白いのやってない)面白くないと消してしまうのですが、今日はしつこくチャンネル変えてました。

 そしたら、これかな?って思う番組に10時半ごろ出会いました!3チャンで、「千住 明 の聖地学(?)」でいいのかな。有田 秀穂(?)という科学者と熊野古道を歩くというもの。うる覚えなので違っていたらごめんなさい。聖地の持つ “癒し効果” を科学的に考察する内容でした。


bed-04b.jpg














朝の光!



 聖地はセロトニンを生産させるシステムなのが、分かりました。

 セロトニンとは「ノルアドレナリン」や「ドーパミン」と並んで、体内で特に重要な役割を果たしている三大神経伝達物質の一つです。「ノルアドレナリン」や「ドーパミン」の暴走を防いでくれ、興奮や怒りを鎮める役割を果たしてくれます。
 最近のキーワード、“うつ” や “キレル” はセロトニンの生産がされにくい現代の生活と関係が深いようです。

 セロトニンは体内に10mgほどあり、90%は腸の粘膜、8%が血小板に含まれています。残り2%が中枢神経に(番組では脳幹といっていました)存在し、人間の精神面に大きな影響を与えていると考えられています。

 番組で二人は朝早く起きて、熊野大社を目指して歩きはじめるのですが、この朝の光に当たることが重要なんだそうです。セロトニンを作るには、セロトニン神経を活性化する必要があるのですが、光によりセロトニン神経は活性化します。この時、2500?3000ルクス位の朝日が一番良いそうです。 

 歩く、噛む、呼吸する、こうしたリズムもセロトニン神経を活性化します。舗装されていない熊野古道。危険があったり、登りのきつい山道を歩くことに集中する。そのことで、このリズム運動が生まれます。

 あと、おしゃべりをしないで歩く。言語野のある左脳を鎮める必要があるそうです。本来は真言を唱えながら歩く。真言は左脳を使うおしゃべりではなく、右脳に働きかけるリズムなのだそうです。

 聖地の “癒し効果” は、遠い聖地を目指して歩くことで起こる。歩くこと、その環境、真言でセロトニン神経が活性化され、知らず知らずのうちに、怒りや、興奮、イライラが鎮められ、癒されて、平和な心になっていくんですね・・・

 お坊さんの食べものには、ゴマやお豆腐が多いですが、牛乳・大豆・ゴマ・プロセスチーズなどに含まれるトリプトファンと言うアミノ酸の一種がセロトニンの材料になります。お坊さんの食事はそんなことも、理にかなっているんですね。


bed-04.jpg














朝の光に輝くベッド。



 自分のことになりますが、朝日を浴びながら、首の体操をしたり、光を呼吸して太陽になったり、祝詞やお経をあげていましたが、とても良い習慣だったんですね!ニッコリです!^ ^




 真言(マントラ)を聞いているよう・・・

 La Verdad de la MEDITACION  You Tube より
 
 1月31日、久里浜に向かうとき・・・
 一ヶ月前、1月1日とほぼ同じ星の配列になりました!




Venus.jpg















 又しても、金星と月が正面で導いてくれました!☆"




 そして実家に向かう往路、不思議な感覚になりました。最近たまに、そんな
感覚になるのですが、このときはその感覚が強かったです。

 一口でいうと、“平和、なのです”
 まわりの世界がみんな自分の中にあるような・・・感覚。
 運転していますと、自分さえ良ければという車は当然います。ウインカーを出さないで針路変更したり、強引に割り込んだり、一台でも先に行きたいドライバー。そんなことは、いつだって同じ光景です。

 それがその時は、とがめる気持ちにならない。“平和、なのです”
 うまく表現できないのですが、みんなで一つになって運転しているみたいな・・・
 身内って言いますよね。身内には優しくできますよね。(あっ!出来ません?)みんな身内みたいな感じ!だから、せいぜい「気をつけてね?!」くらいな・・・♪

 今ここ運転席が宇宙で最高の場所、祝福されている最高の時。
 急ぐ気にもならない。




 それがですね? 帰りはなんでこんなに違うの!って思うくらい、平和になれない・・・
 僕の車の前に遅?い車がいる。ず??といる。やっとその車が左折したと思ったら、ブレーキを踏んでいる間にまた遅い車が前に入ってしまう。自分がコントロール出来ることだけ考えればいいのに、前の車のスピードのことを考えている!今ここが宇宙で最高の場所、祝福されている最高の時、って思えない。

 今回は病院へ、母の検査結果を聞くために、実家に行ったのですが、内臓どこにも異常はなかった。なのに、イライラしている!まあ入間に戻って、4時半から仕事はありました。でも間に合う時間に出ましたからね。ちょっと眠いZ z zのはあったかな・・・

 そして往復の、この感覚の違いを体験できたのは面白かったです。




 脳の働きの一つに世界をどう捉えるか、があると思います。自分のいるこの
世界を(自分の内側も外側も含めて)どのように感じ捉えているか?です。

 1月31日、金星に向かって走ったときのように、平和の中で、世界の中の自分、自分の中の世界を感じることが少しづつ増えているように感じています。
 脳の再構築が行われている、ということでしょうか?昔はもっとイライラ、トゲトゲ、他人を非難しながら運転していたと思います。単に年取ったから!?^ ^ゞ


 “平和、なのです” と言えるときは、自分のエネルギー・レべルが高い気がします。高い周波数で振動しているような。コマが力強く回転しているようです。だからちょっとの物事がぶつかってきてもグラグラしない。心は静かです。わたし達は一つであり、わたしの事はそんなに気にならない。

 みんなが繋がっている、という感じに成れないない時。個々が別々に存在していて、自分もその一人。自分のことが大切で、自分のことが気になる。自分に不利益をもたらす(もたらしそうな)相手を非難したくなる。こんな時は、自分の波動が落ちていて、安定しない。コマの回転力が弱い感じがします。もちろん平和でない、幸せでない・・・



ta-22b.jpg




















 脳の再構築は、学びの象徴であるカバラの 『生命の樹』 と密接なつながりがあるようです。0(愚者)を含む22枚の大アルカナ(この絵の通路の部分)は人生の異なった状況や時期において、すべての人間存在が体験する普遍的な課題やプロセスを表すそうです。
 画面クリックで拡大します。ボケてますが・・・
 
 あーみんさんに 「払沢(ほっさわ)の滝と、神戸(かのと)岩へ行かない!」って誘われたのは去年の10月16日。

hinoe-02_20110202235128.jpg


























 粘土で作ってあった 宝珠を焼いた のが、10月24日。

noyaki-07_20110128184800.jpg















 その頃は、宝珠を払沢(ほっさわ)の滝へ持っていこうなんて考えていませんでした。




 払沢(ほっさわ)の滝へ行ったのが、11月10日。

 11月10日が近づいてきて、“龍は宝珠が好き!” を思い出したのだと思います。
 払沢(ほっさわ)の滝のシェンロンにお届けしたら、喜ぶに違いない!
 こういう事を僕は、あれこれ考えません。
 超意識に聞いてみたら、YESと答えがありました。

noyaki-09.jpg















 当日滝の前でもう一度、超意識に聞いてみて「受けとる」との返事を確認してお届けしました。

 払沢(ほっさわ)の滝にシェンロンが住んでいる、と僕は決め付けています。
本当のことは知りません。神さまは何処かには住んでいて、何処かには住んでいないという存在ではないからです。

 滝は水が重力に引かれて、地球の中心に向かって落ち続けています。
 この水の流れ落ちるのを只々見つめていますと、下へ向かう流れとは反対の方向、つまり上へ身体が流される感覚が起こります。

 子どものころ家の前に小さな川が流れていて、よく橋(子どもの足で三歩で渡れるほどの・・・)からジッと見るのが好きでした。ある瞬間から身体が上流に流されるのです。この物理的ではない、体内で感じる現象と龍のエネルギーはつながっているのだと思っています。




 Kさんには、世界があーみんさんと僕を祝福しているのが分かったそうです(僕は分からな?い)。で、「えっ!私のことは祝福してくれないの?」って思ったら、自分にも祝福のエネルギーが流れ込んできて、後は大粒の涙がボワーって溢れていました!^ ^ Kさん妖精界とつながりが深いらしいです。だから世界のエネルギーと感応しやすいんですね。よく祝福の通路になっては涙がボワーって状態になるようです。

 妖精たちは植物から発生するのだそうです。僕は植物たちにいっぱい助けてもらって生きています。ありがとうね♪君たちと一緒で嬉しい!!☆"

hinoe-01.jpg














大粒の涙がボワー!のKさん




 払沢(ほっさわ)の滝には、もう一度来ることになります。 11月23日、僕とツインの魂である仲よしと来ました。
 彼女の手から、宝珠が同じ滝に届けられたときは驚きましたが、「ちゃんと、
超意識に聞いて持ってきたよ」って!本当にやることが同じです。


houju-07.jpg


















 クリスタルにスピリチュアルな波動を転写して地面に埋めたりする儀式がありますが、宝珠も同じだと思います。宝珠そのものの持つ、“地にどっしりと、天に向う意志” は僕たちの魂の道でもあり、進化し続ける宇宙の意志でもあります。この宝珠に込められた波動が、この滝から沢を流れて大海に流れ込む。逆向きの上昇するエネルギーとして天に向かう。ツインとしてこの世界に愛を届けられたとしたら、とても幸せです!^ ^