魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 数日前に古本市場に発注した本が届きました。

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 福田せんせいの「ドリーム・レッスン」と小林正観さんの「神さまに好かれる話」と「楽しく上手にお金とつきあう」の3冊です。

 あぐらをかいて座っている大きな神さま、その神さまの膝の上にどっかりと身を任せて座り、愛ともいえる神を自分の手足のように使う福田せんせい。

 学生時代から今まで、ガチガチの唯物論者。その唯物論者が40年、社会や宇宙の仕組みを見つめてきたら、「神」が存在するみたいだ!という結論に達した、小林正観さん。

 二人の話は共通点が多い!面白いですね?



「楽しく上手にお金とつきあう」の裏表紙です。

 争わない、頑張らない、くらべない。
 いい仲間に囲まれて生きていくこと。それこそが究極の幸せの本質です。

 とあります。お金に関しては、

 神さまは、この世に存在するすべてのものを、喜ばれるためにつくりました。
動物も、植物も、鉱物も、全部「喜ばれるため」に存在している。「喜ばれるため」というのは、「役に立つため」ということです。

 「お金」も、もちろん「喜ばれるため」に存在しています。「喜ばれるとうれしい」のです。お金は、ただ「喜ばれるためだけ」に存在します。本人たちは喜ばれたいのです。喜ばれるように使ってもらおうと、喜ばれるほうへ、喜ばれるほうへ集まっていく。

 ですから、喜ばれるお金の使い方をすれば、その人にはもっともっとお金が
集まってくるということです。喜ばれない使い方をすれば、あまりお金が集まってこない。それだけのこと。

 使い方の一例としては、たそがれたラーメン屋さんでお金を使う。があります。

 私は、おいしいラーメンを食べるために、行列に並んだことがありません。おいしい食べ物を求めてグルメツアーというのもやらない。

 私は、ラーメン屋さんを選ぶとき、全然お客が入っていないたそがれたラーメン屋さんに好んで入ります。なぜかと言うと、行列ができ1日1000人の客が入るラーメン屋さんにとって、私の払った650円は、価値で言うと1000分の1、ところが1日10人の客しか入らないような、流行らないラーメン屋さんにとっては、同じ650円が10分の1の重みを持つからです。こちらのほうが、私のお金はより喜ばれるわけです。喜ばれ方が全然違う。

 私の経験から言えば、たそがれたラーメン屋さんに入って「まずかった」と店を出てきたことはありません。いえ、本当はまずいんです。麺は生煮えだし、スープにもコクがない。
 けれども、丼の縁に指をかけて、
 「私の体の一部になってくださって、ありがとう」
 と言ったとたんに味が変わるのです。
 「この店は客が入っていないから、まずいんだろうな」
 と言った瞬間に、それを聞いたラーメンは、
 「この人のためにはおいしくはならない。この人の体を支えてなんてやらない」
 と決意し、その人の口に合わない味に、一瞬にして変わってしまう。
 おいしい店、有名な店に入るために行列に並び、20分も30分も待って食べるというのは、エゴかもしれません。その有名な店の二、三軒隣には、必ずお客さんの入っていない店があります。まずくて有名で、店主の愛想は悪いかもしれません。ですが、あえてこのような店に入ってみてください。
 役に立つようにお金を使うというのは、「いかに人に、お金に喜んでもらえるか」ということでもあるのです。

 美味しいもの好きには抵抗ありですよね!でも伝えたい本質が分かれば応用できますよね・・・

 「神さまは二人羽織のようについている」
 「テーマを持って生きる」
 「正しい人から楽しい人へ」
 「非難、批判はしない」
 「あるがままを受け入れる」
 「人をなんとかしようとしない」
 「神さまには時間の概念がない」
 「幸せの中では幸せは分からない、愛の中にいては愛は分からない」
 「意味を問わない、詮索しない」

 小林正観さんの本に出てくる言葉と、瞑想会で福田せんせいから出てくる言葉、おんなじなんです♪


 
 「神さまに好かれる話」の最後にこんな話がありました。

 私は、ノートに書き写すことは滅多にないのですが、三浦綾子さんのエッセーを読んで、これはいい言葉だ、面白いというので自分のノートに書き写した言葉があります。その三浦綾子さんの言葉は、このようなものでした。

 ・・・・・そこから先は神の領域・・・・・

 この言葉を、自分の中にいつも思い出すように生きています。やるべきことは、“うたし(うれしい・たのしい・しあわせ)”な人、きれいな人、素直な人、誠実な人という五つの人格を目指すことですが、「そこから先は神の領域」だということです。

 結果として数字や売り上げが、こうなるに違いない、というのは驕りです。
「私」にできることは、その五つを目指すことであって、「そこから先は神の領域」なのです。

 だから、売り上げがどうの、という話になると、神の領域に踏み込んでものを考えている、ということになるのかもしれません。

 年間たくさんの講演会をやっていますが、よく「疲れないですか」と聞かれます。それに対して私は、「このまま疲れ果てて死んでいきます」と言っています。

 「じゃあ、講演を断って半分ぐらいにして、長生きすればいいじゃないですか」と言う人もいますが、私の場合、「そこから先は神の領域」です。頼まれたことは、「はいはい」、と言いながら淡々とやり、疲れ果てて死ぬ、というだけのことです。

 もし、ガンになった人が、「ガンと闘うぞ」と決めたとすると、神の領域に踏み込んで闘おうとするので辛い日々が続きます。「三?四ヵ月で死ぬ」と言われたら、「そこから先は神の領域」と考えると、ずいぶん楽になります。

 

 今朝、この部分と出会って、福田せんせいが「何とかしようとしない」とよく言っている意味が腑に落ちました。泌尿器の問題で悩んでいたお陰で、「そこから先は神の領域」は眼からウロコでした!!! 凄っごく楽になりました♪

 ベランダでこの日のために咲いたかのように蓮が咲いていました。こんな豪華な蓮の花を仏さんに上げるのは初めてです。ご先祖に仲間入りした気分です!




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今朝、目に見えない世界に手向けた蓮の花♪


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ほんとうに綺麗・・・
 
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ベランダの植物


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右下のピンクは蓮の花


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あ?みんさんから頂いたベコニア


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ブルー・ソーラー・ウォーターのビン


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アパートと空と電柱の一部


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空からインドラの矢が!





 ちょっと特殊なCDを使いました。CD-Rを市販するときの最初の原版です。
金がコーティングしてあります。
 普通の銀色のCDでもできますよ。僕がゴールドに写った色味が好みなだけです。

 上の6枚は、被写体、+ CDに鏡のように映った被写体(合成ではありません)

 下のは、CDと、もう1枚、鏡になるもの(この場合は車のボディ)の間で光を捕まえたもの。空中の画像のように見えるでしょう?本当はヒミツ・・・☆ 鏡を使うとアリスの世界が出現します。実像?虚像?どちらも脳の中のスクリーンに映っている情報なんです。


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 なあに、アパートの駐車場に止まっている、車のフロントガラスで反射している、お日様の光で遊んでいるだけです♪☆ N先生の奥さんから、光を分光できると(自分の目で)聞いたもので・・・

 レンズだとこの位ですが、眼でやるともう少しレインボーかな?ねらい目は光と影の境界線!あとは自分のまつ毛をうまく使うと見えやすい・・・ 

 差し迫った用事がないと、こんな事してるうちに1時間、2時間、過ぎ去っていきます♪
 
 
 お仕事するから生活できるのですが、キャンセルがあったりすると、ちょっと嬉しかったりもします。25日は通常とは違う仕事没、だったのですが・・・

 仕事が無くなったので、お陰でKさんと楽しいお話ができました♪

 そのKさんと25日お話したので、昨日、桜山からムーミン谷まで歩くことになりました!

 見晴らしのいい桜山の展望台から降りてくる途中!見覚えのある白い花が、眼に飛び込んできました!☆☆☆


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 今年はもう諦めていました!(去年も逃したんです・・・)



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 山百合ですよ?!!! 又もや、「きゃっほう!」です♪
 山百合さん!すっごく綺麗だね!!!逢えて嬉しい♪♪♪



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 自然保護のグループの方が大事に育てておられるものでした。ありがとうございます!この辺は山奥ではないのでイノシシや鹿に食べられないで済んでいるようです。



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 当日は強い日差しだったのですが、山道は殆んど木陰で、心地良い風もそよそよと吹いていました。



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道の脇にはオブジェが!う??ん、違和感もありますが、かっこいい!フクロウ君かな・・・



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 この大木のところの脇道を左に入るとムーミン谷です。



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 フロドとサムが昇った最後の階段のように切り立った階段が・・・
 モルドールに入るときは登りですが、ムーミン谷へは降りていきます。少し降りたところで振り返って見えた景色です。



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 急な階段を下り、なだらかな坂道になると、ムーミン屋敷が見えてきます。
屋根の夏草が♪いいですねえ・・・



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 すぐ横の、小さなせせらぎの音に気持ちが和みます♪



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あら?ピントがかなり甘い・・・



 お腹が空いて、公園のすぐちかくの「ホット・ポット」で遅いお昼に。
 豆腐と野菜のサラダ、鶏肉のから揚げ風のグリル(たれは甘酸っぱい中華風)、グレープフルーツ。3人仲よく同じランチ・プレート、ドリンク、チーズ・ケーキ(このお店でこれは外せない!)


 思えば25日の仕事没が、諦めていた山百合さんとの遭遇や、こんな楽しい一日に繋がった!目先のことに一喜一憂してしまうのが普通ですが、大きな流れに任せると、思わぬプレゼントが届けられます。

 そう言えばKさん、僕が百合の花が欲しくてジャスコに行ったとき、花売り場で出会うというシンクロニティーが起きました。それ以来彼女は、百合の花が大好きになり、家ではカサブランカの香りの切れたことが無いそうです。今回、僕は、Kさんつながりで山百合と遭うことが出来ました!また、百合を通して起こったシンクロニティーですね♪世界は不思議です・・・
 
 今日(7/25)は一日仕事が没ったので、のんびりしていました。
 昼近くに、Kさんからメールが! 所沢でカットとカラーをしていたようです。
 「一緒にお昼食べない?」ってお誘いしました!

 お昼ごはんと、お菓子と、缶チューハイと共に彼女はやって来ました♪
 昼酒が・・・夜酒になるまで、あーでもない、こうでもないって話をしました。

 彼女、最近、祝福の通路になっているんです!
 ちょっとお散歩する間にも、天使に出会っては涙が溢れてくるみたいです!

 メンバーでも入手困難な、EXILEのライヴ・チケットを、8月5?6日と9月11?12日の4日間、しかもペア・チケットでゲット!
 EXILEの熱烈なファンクラブ・メンバーである彼女は、GAO????!!
だったそうです。それは凄く分かりますねえ!

 僕たちは、いつも常識の範囲内に意識を限定して(表面意識)生きていますが、世界(表面意識を含む全ての意識)は本当は、不思議な一つの大きな命です。

 Kさんの意識には祝福の通路があるのだと僕は勝手に思っています。自分の表面意識にかけている限定を、一部でも解除しないとこの通路はできません。て、言うか、僕たちは元々が祝福の通路であり!制限しているので流れなくなっているだけです。祝福に制限はありません。これからもきっと嬉しいことが次々に起こりますよ♪



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 お腹もだいぶ落ち着き、昼酒はダラダラと・・・
 灰皿を一つ、作ることにしました!☆
 家によく来る仲良しが灰皿代わりに使っている↑小鉢です。まともなのを買ってあげたいと思っていました。そして・・・
 息子が高校のときに作った灰皿がある、のを思い出しました!



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 でもその灰皿は壊れていたので、数日前、粘土でつないで(後で焼く)修理してみたのです。その時は上手く出来たと思ったのですが、粘土が乾いて剥がれてしまいました!Oh・・・



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 そこで新たに作ることにしました。作るの、超???っ!楽しい♪(楽しい×5位)^ ^
 夏にどこかでバーベキューしながら、お芋と一緒に焼きます!
 息子の灰皿も形にして焼いて、割れたパーツを接着してみようと思います。





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 幸せな一日です♪




 バーベキューしながら、お芋と一緒に焼きます!これも "FireWorks" です。夏だしね!

You Tube
    EXILE - "FireWorks" on Tour LIVE [HD 720P]
 
 日中は暑くて、室内でクーラーに当たっていました。
 6時ころ、植物たちにお水をあげました。暑さも和らいできたので、お散歩に
行くことにしました!


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 例の公園です。



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 ここのところ何日か夕焼けがとても綺麗です。



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 他のカルガモのお子さん達はもうずい分と大きいんですが、この子達は生まれるのが遅かったらしい・・・まだヒヨッコです! 世界はとても美しい・・・♪


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 公園からの帰り道、巨大なキノコのような雲が・・・公園では上の方だけが見えていたようです。


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 家の近くの歩道橋“ふれあい橋”夕陽がよく見えるスポットです!
 (上の写真も同じく)
 
 冷蔵庫を開けてみると♪

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 こんなに入っていました!

 火の通っているトウモロコシ、玄米のおじや、ワカメ、ざるつけ麺、ビール、
オレンジジュース、プリン、あんみつ、葛まんじゅう。



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 オーブン・トースターからは、レーズン・シナモン・ブレッドが出てきました!



 わーーい!幸せ!
 冷蔵庫を開けて、そのまま食べられるものが色々はいっていると、それだけで幸せな気持ちになります♪

 ビールはあまり趣味はないんですが、プリン、あんみつ、葛まんじゅうと言った、冷たく甘いものは、 「きゃっほう?♪」です。^ ^

 今夜までは、何も作らなくてもいいなあ・・・♪
 洗濯物も毎日乾くし!気持ちが良いです!

 
 
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 22(木曜日)、治療ルームで言語リハビリが始まるため、木曜日の午前中だけ、又となりのナース達の休憩室に引っ越すことになりました。



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 施設にはもっと高齢の方も居られるのですが、99歳の女性は僕の施療する方としては最高齢になります。可愛いおばあちゃんで、ご自分で手押しの車を押して歩いてこられました!

 高齢の方を触っていつも思うのですが、高齢でも元気な方は、体の各関節の可動域が広いです。関節が動かない〓老化、も一つの見方です。特に女性の場合、膝(ひざ)に問題のでる場合が多いです。女性はあまり禿げませんが、男性の場合は禿げることが多い。男性の禿げる確率と同じくらいの確率で女性の場合は膝にきます。(高い技術も要求されますが、膝に特化した治療院を開けば必ずヒットします)このおばあちゃん、膝のお皿もよく動いていましたよ♪

 この方の体に手を置いて感動がありました・・・
 99年前のある日、地上に体を持って誕生された訳ですが、その99年の間に体験された全てのことに僕は触れている・・・(魂のレベルに焦点を合わせれば更に時間を遡ることも可能なんでしょうね) いや触れさせていただいている・・・僕は霊能者ではありませんので、一つ一つの体験を掘り起こしたりはしませんが、この方の存在された百年という時空に、人生に、そっと手を置いている・・・
そう思って手を置くだけで、この方がいとおしくって勝手に涙がこみ上げてきました・・・幸せな男だなあって思います。ありがとうございました!
 
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 7/19 津久井浜の夕暮れ!浦賀水道のむこうは千葉県。鋸山のうえの空がピンク色に・・・



 身近にいる女性二人が、「理想は通い婚!」だと。

一人は、

 「女、男グループに分かれて暮らし、逢いたいときは男が通ってきたり・・・」
 「結婚していても、遺伝子の欲しい男はいる」

もう一人は、一夫多妻が良いと。

 質問・「夫をめぐって争いにならない?」
 答え・「そんなの、最初のうちだけだよ」

 「好きな男のところへ通う♪」

 (発言データの少ない分は、あなたの妄想で補って下さい)
 
 
 共通しているのは、子どもたちを女グループで育てることです。
 良さそうですね!助けあうのは女性の得意分野ですから。
 夫は、表札の役目や、収入源でしょうか?女性たちが共同会社でも始めれば、男たちの役目は遺伝子以外に何が残るのでしょう・・・

 結婚するころ、夫になる男に求められるのは、恋愛感情以外、性格・人柄、家事・育児への理解と協力、妻の仕事への理解と協力、経済力、将来性、見た目、体の相性、などチェックは現実的です。安定した家庭で安全に子どもを育てたいのはみんな同じですよね。

 「でもこの年齢になると、結婚当初とは相手に求めるものが変わっていく。子育ての先も見え、物もそんなに欲しくは無い、高望みしなければ、残りの人生そんなにお金がいる訳でもない・・・ となると、欲しいものは愛、愛をくれる相手が欲しい。そのままの私を受け止めてくれるパートナーが欲しい」

 


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 7/19 TV「地球最後の恐竜展」森アーツセンターギャラリー 9/26まで。



  「地球最後の恐竜展」がらみのNHKの番組でした。恐竜の君臨と滅亡の陰で進化していった、僕たち哺乳類のお話でした。卵を産まないで、出産まで胎盤を通して子どもを育てる僕たち(僕は出来ませんよ)は“有胎盤類”と分類されています。卵で生んでいれば、敵に襲われても母親は逃げることができます。でも“有胎盤類”は子どもがお腹にいるとき敵に襲われたなら、母子ともに生き延びるか、母子ともに命を失うか、どちらかになります。それだけ母子は胎盤を通して強い絆で結ばれています。ですから、出産のあとも子どもと母親は強い連帯感で結ばれることになります。

 最初の「通い婚」の話でも、女性たちが共同で子育てをする。いや、共同で子育てしたいという話題になったのです。今の社会制度ではまだ無理でしょうが、子育ての経験を積んだ先輩たちが何人もいれば、始めて出産して初めての体験に戸惑う、若いお母さんにとってどれだけ心強いことでしょう。




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 7/20 スパイス・キッチン。左からベジタブル、ナワラトナ・コルマ(ココナツベースの甘いマイルドな味)、バター・チキン(トマトベース、スパイシーなチキン)



 この前「男はバカだ!」という話題で盛り上がりました。この話題は男から話し出す必要があります。口には出しませんが、殆んどの女性は「男はバカだ」と思っているのではないでしょうか・・・

 弱い人間ほど強がります。自信のない人ほど偉そうにします。優しく、親切にされたら、誰だってその人に何かしてあげたくなります(それは男女の区別はないと思います)。それが、わざわざ、何かしてあげたく無くなるように言うのが男だからです。具体的な例はあげません。女の人なら、これだけ言えばすぐに自分がされている嫌なことを、幾つも思い出す、と言うよりは、体と感情にしみ込んでいることでしょう。ピンとこない男性は自分がしているという事です。心当たりのある男性はきっと変化します。

 大雑把にいうと、体重60Kgの人で血液は4Lです。最近何かで読んだのですが、男性は1L失うともう命がヤバイそうですが、女性は3L失っても生きているそうです。だから「俺は、血液2L失っても生きてられる!」とわざわざ言って強がらなければならない、それが元々か弱い生き物の男のようです。3L失って対等ですから・・・

 さっき、この話題で盛り上がったKさんからメールがきました。
「人生、綱渡り!はみんな一緒だよ!」って

 
 
 福生のお客様に、「羽村のチューリップ畑(今は咲いていません)の所で、蓮が咲いていますよ!」って教えてもらい行ってみました。

 奥多摩街道の“羽村堰入り口”から“きまぐれや”さんを過ぎて少し行きますと、“間坂”という信号があります。“まさか”と読みます。“まさか”を左折。



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 田んぼの横に小さな公園があります。林のむこう、露出オーバーで白く飛んでいるところに、田んぼが広がっています。




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 あぜ道には、鴨さんたちが並んでいました。




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 この田んぼの中に、蓮田があります!




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 蓮田は二面。一ヶ所は大賀蓮。もう一ヶ所は紅白で咲いていました。




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 7日は雨もようでした。蓮の葉にたまった雨水と雨ガエルは、でき過ぎの絵ですね!




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 18日は梅雨明けのかんかん照り!!繁殖行為中のアメンボウ達。彼らは水の表面張力のおかげで浮いています。体重を支える細い足先が水にくぼみを作り、そのレンズ作用と光が、水底に綺麗な模様を作っています。

 模様は6個ですね・・・二人合わせると足は12本のはず・・・男女どの足が水に着いていて、どの足が空中に浮いているんでしょうか・・・???




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 落ちていた種を拾ってきました。右側の3ヶが大賀蓮。左の2ヶは大賀蓮か?白か?ピンクか不明?

 大賀蓮は、千葉市の検見川(現・花見川区)の落合遺跡で3粒の種子が発掘され、その内2ヶはダメだったのですが、残りの1ヶの種は見事にピンクの花を咲かせました。2千年を越えた時の流れに命を保った古代のハスの実から開花した大賀蓮・・・ 発芽・育成・開花に成功し、蓮の名前ともなった大賀博士は本当に幸せだったと思いますよ!

 
 今日は青梅の奥、日の出町に用事がありました。

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 僕はトトロに見えてしまいます・・・
 八高線の踏み切りの手前に生えていました。


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 茶畑の上空の雲・・・



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 日の出の、山並みの上の雲・・・
 空は、もう梅雨が明けているように見えます。


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 桃もこれから美味しい季節ですね♪

 
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 部屋では良く、お香を焚きます。




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 子どものころは、こんなけむりや、焚き火のけむり、炊事のけむり、工場の煙突から出るけむり・・・



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(6Fテラスから、だいぶ前・・・)




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(施設の駐車場で、7/10仕事が終わって・・・)




 そういう煙が空に昇って、みんなで集まって、雲になる。って思っていました。
 可愛いかったですね♪
 
 お坊様から尼僧さんへ送られた文(ふみ)。恋文ではない?ようですが、
 ソウル・メートへ宛てられたラブレターだと言っても良いのではと思っています。


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6月26日の満月です。
 





 拔隧(ばっすい)禅師假名法語の一節
                     (眞龍寺尼長老に與ふる文)


 成佛の望みあらん人は、佛になるべき主を知るべし。この主を知らんと思はば、只今の一念の下(もと)について尋ぬべし。一切の善悪を念(ねが)ひ、色を見、声を聞く物は何者ぞと、自ら深く疑えば必ず悟るなり。悟れば即ち佛なり。

 佛の悟る悟りは、一切衆生の一心なり。心體浄(きよ)くして、一切の境界にそむく事なし、女人の身にある時も、女人の相に非ず、男の身にある時も男の相に非ず。通身(つうしん)に充満して、目に色を見るも、耳に声を聞くきくも、鼻に香をかぐも、口に物を云うも、手をうごかし、足をはたらかすも、一心の用に非らずと云う事なし。この心を離れて、外に向ひて佛を求め、法を求めるを、迷の衆生と名けたり。この身は是れ佛なりと悟る人を佛と名けたり。この故に自心を悟ずして成佛したる衆生なし。この心は六道の衆生に各具足(☆1)して、獨(ひと)りも漏ることなし、なほ虚空の萬(よろず)に充満したるが如し、隔(へだたり)あることなし。

 諸佛この一心を悟りて衆生に示すに、衆生鈍根にして、有相に深く着して、この清浄の真佛(しんぶつ)を信じ得ざる故に、喩(たとえ)を似(もっ)て説くとき、
この心を如意宝珠と名(なず)け、あるときは大道と名け、あるときは阿弥陀と名け、あるときは大通智勝佛と名け、或は地蔵と名け、或は観音と名け、或は普賢と名け、或は父母未生以前本来面目と名く。一切の佛菩薩の名は、一心の異名なり。自ら我が心佛を信ずれば一切の諸佛を信ずるにあたるなり。

 この故に経に曰(いわ)く、三界唯一心なり。心の外に別に法なし、又一切経は衆生の身上を指したる詞(ことば)なるが故に、自ら一心を見る人は、一切経を一時に読むにあたるなり。この故に、経に云はく、修多羅の教(おしえ)は、月を指す指の如しと。修多羅の教とは、一切経なり、月を指すとは、衆生の一心を指すを云へり。一心を似(もっ)て内外を照して明からむるを、月の世界を照すと云へり。

この故に千日萬日経を読みたらんよりも、一念一心を見たらん功徳は限りなきまさりなり。又千年萬年この理を聞かんかんよりも、一念自心を見たらん功徳は限りなきまさりなり。

 釈尊は萬の難行苦行をなされしほどは、終(つい)に成佛せず、六年萬事なげすてゝ、座禅して心を悟り、即ち正覚を成して一切衆生の為に心法を説かれたるを、一切経とは云へり。 この故に諸経は皆な佛の悟りの一心より出(いで)たるなり、この故に一心は、只今諸人の胸の中にありき、六根の主たり。かやうに悟りて自心是佛なりと云ふことを知るべし。

 心性本より佛衆生の隔なしと云へども、妄想の心念に隔てらるゝこと雲の日月(にちげつ)の光を隠(かく)すが如し。然れども工夫の力によりて、妄想の消ゆること、風の雲をはらうが如し。妄想の念断(たち)ぬれば、佛性の顕(あら)はるゝこと、雲消えて月彰(つきかげ)はるゝが如し。只本の光彰(ひかりあら)はるゝなり。これ初めて外より得るにあらず。

 この故に生死輪廻の苦を免かれんと思はゞ、心を悟るべし。心を悟らんと思はゞ、座禅すべし。座禅は工夫を宗(むね)とすべし。工夫と云ふは、公案を深く疑ふべし。公案の根本は自心なり。心を悟りたき望の深きを志とも云ひ道心とも云ふなり。念の起るを止めんともすべからず二念をも嗣ぐべからず、只念は起りもせよ、止みもせよ、只偏(ひとえ)に自心これ何ぞと疑ふべし。

 座してもかくの如く疑ひ、立居につけても、寝ても覚めても、只自心の悟られざることを念として、底(そこ)にとほりて疑ふを、工夫とは云ふなり。工夫一偏になりて、疑の心底(しんてい)にとほる時、疑ひつひにやぶれて、即心即佛の正體の彰(かげ)はるゝこと、箱やぶれて鏡の隠(かく)るゝ所なきが如し。十方世界を照して十方世界に跡なし、この時始めて六道輪廻の道断(た)えて、罪障消滅す、この時の心の中の楽、辭(ことば)を似て述べがたし。

 たとへば夢の中に地獄に堕ちて、獄卒(ごくそつ☆2)にさひなまるゝと見て、苦み限りなきとき、この夢急に覚めて、一切の苦、一も残らざるが如し。この時生死(しょうじ)を脱すと云ふなり。かやうに悟らんこと、人によるべからず、只志によるべし。佛と衆生とは、水と氷との如し、氷にてあるときは石瓦の如くにして自在ならず、解れば本の水にて、縁(ふち)に隨(したが)ひ滞(とどこう)ることなし。迷ふときは氷の如し、悟れば本の妙體なり、氷の中に水にならざる氷なし、これを似て知るべし、一切衆生と佛と隔なきことを。只迷の一念を隔とするのみなり。迷の一念解けぬれば衆生則佛なり。ゆめゆめ退屈の心を起すことなかるべし。

 従い志浅くんば、今生に悟らずとも、工夫をたしなむこと、念々怠らずして、志の中にて臨終したらば、来生には必ず生まれながらに悟るべし、今日仕かけたることの、次の日は安きが如し。さればとて油断あるべからず、只今臨終に及はゞ、何事か用に立つべき、只罪業の身にそひて、地獄とならんをば如何せん(☆3)。幸に解脱の大道あり、只この一句を胸にあてゝ見るべし、“如何か是れ自心の佛”と、一切の諸佛の體(からだ)を一目に見んと思はば、只我一心の姿を悟るべし、真(まこと)かそらごとか急に眼を着けて看よ、“如何か是れ自心の佛”と、若(も)しよく心を悟らば、火中に蓮華開けて萬劫を経ても凋(しぼ)まじ、諸人本より蓮華の上にありながら、何としてか知らざるや。





(☆1)
 具足 ・ 充分に備えている

(☆2)
 獄卒(ごくそつ) ・ 牢番

(☆3)
 地獄とならんをば如何せん ・ 実際には地獄はありません




「霊学講習会中級」の資料(昭和51年1月)。昔の漢字が多いので今の漢字に置き換えている部分もありますが、大切な意味は損なわれていないものと思います。
 
 「空」 とは、からっぽな自分が観じている、「どんな感じかな・・・」

 「無」 とは、こだわらないこと

 みんな、自分が正しいと思いたがる

 正しいことに、こだわっている

 「(こだわらない状態って)自分がしている体験に、ベターってくっ付かないで、放(離)している状態ですか?」

 そうです (体験から自分を) 放(離)しておくことができる

 一度できると、元にもどれなくなる

 どろどろした体験が出来なくなる

 (福田先生は一度で戻れなくなったかも知れないけど、普通は放(離)れる体験と、ベッタリの体験を繰り返し、いつしか戻れない自分を知るのだと思います)




 落ち込む人は、祝福をしていない

 落ち込む人は、分析をしたがる

 人を祝福する、自分を祝福する、

 このままで大丈夫! とやる、祝福は恋心

 ここにある そのまんまを そのまんまに感じるのが 愛

 嫌な人がいたら、嫌な人だなあ って感じる

 嫌なまま そのまんま 嫌な感じを感じる

 感じたら 感動して 感謝してしまう

 すると嫌な感じの人が カワイイになる




 好きなことをするから、売れる

 (E・ケイシーが見たら、その人は過去生で、絵が好きで描いているのが分かったので、「絵を描いてみたらどうですか」と勧めた。その後、その人は絵を描くことで人生がうまくいった)





 今しかない 今やさしくなる 人にやさしくなる 世界にやさしくなる 自分にやさしくなる 
   




 愛だけに こだわる
 






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 瞑想会の後、仏子に戻り、山百合を探してみました。
 武蔵野音大から、桜山展望台まで歩きました。


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 梅雨は菌類にはいい季節。毒キノコに見えますが、美味しい食用菌、タマゴタケ発見!残念ながら武蔵野音大のフェンスの中でした。
    

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 桜山展望台から望む、飯能の町。手前の塔は駿河台大学の建物。



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 帰り道に、花のついていない百合(山百合かどうか?)を見つけましたが・・・
添え木に縛られたまま、根が掘られて浮いています!そのまま土を被せようと思いましたが・・・誰かが故意にしたのか?動物なのか?また同じことになる気がして持ち帰りました。

 枯れないで育ってくれるといいのですが、愛とセラフィムの生命エネルギーで保護しました・・・

 
 
 最後にタロットを引いたのは先月の24日です。

 実は意味深いカードを引いたのです。出た順番に、
 「デヴィル」→「デス」→「スウォードのクイーン」、の3枚です。

 殆んどの方は「悪魔」や「死」を嫌いますが、真の天国の鍵を持っていのが「デヴィル」であることは余り知られていません。再生するには「死」を避けることは不可能です。




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「デヴィル」

 私たちは自分のことを正しいと思いたいため、自分と自分以外を分離させることを無意識におこなっています。そして正しくないと感じることや、悪と決め付けたいことを、自分以外の領域(人や社会や悪魔)に押し付けて生きています。
 僕にとって「デヴィル」のカードは自分と自分以外の領域を統合する意味があります。

 このカード全体のイメージは男性生殖器を表しています。左右の睾丸の中に女性と男性を配置しています。睾丸は細胞分裂が始まっている細胞にも見えます。この真反対の意味が統合することでペニスは天の入り口に入ることを許されます。そこで立ちはだかるのが「デヴィル」です。この「デヴィル」は官能とユーモアの神パン(牧羊神)です。神の祝福が最も素朴に許されている肉体的快楽が、
キリスト教によって悪とされたことによってパンは悪魔とされました。

 またこのカードには、基本的な現実や、あるがままを受け入れるという意味があります。肉体を持つという基本的な現実を受け入れたときに訪れる、明晰さと洞察をパンのサード・アイが表しています。ペニスの根元は褐色の大地に深くもぐり込み、女性的な開口部を通して天に達し、地上の現実とスピリット霊とを結びつけています。低次の現実と高次の現実の結びつきを受け入れたときに可能となる崇高な状態を表しています。




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「デス」、何かの終わり・手放す

 このカードは新しいものがやってくることが出来るよう、一つの物事を終える行為あるいは段階を表しています。私たちは肉体の死に恐れを抱くように、なじみのあるもの、分かっているものを手放すことを怖がる傾向があります。

 大鎌を手にする黒い骸骨は、実りを刈り取る神話上の死神です。それと同時に、死者の魂(霊)が上方へと動き、別の形に生まれ変わる準備をしています。このカードは浄化の原理を表しています。また死神の冠から現れ出ているフェニックスは死のプロセスにおける変容と、より高次の姿への再誕生を、死神の冠はエジプトの葬式で頭にかぶるもので、マインドの古い概念や観念を手放すことによって起こる意識の拡大を表しています。




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「スウォードのクイーン」、明晰・マスク・カッター

 「スウォードのクイーン」は、成熟した陰の(女性的な)思考を表しています。彼女は空中で雲の玉座に座り、片手に剣を、もう一方の手には仮面を手にしています。自分の仮面を外しているので、外面的な見せかけや人格の層という仮面を切り捨て、背後にあるリアリティを見るために剣を使うことができるのです。

 頭上の巨大なクリスタルの王冠は、こうしたマインドの状態が持つ明晰性と洞察力を、そしてその上にある子どもの頭は、みずみずしく純粋な子どものマインドへの回帰を表しています。剣は自分の持っている観念や信念体系という雲を切り払うことにも使われています。防御することなしに起こっていることを受け入れる無垢さとオープンさ、感情的に巻き込まれない客観性。

 「車を失う夢」で無意識や超意識は、仮面を外すことをずっと暗示してくれていたんですね!
 「車を失う夢」で僕は「失った車」をただ探し回っていました。それは「車は足」であり「車なし」ではどこへも行けないと固く信じていたからです。「車を失う夢」は「もう車は必要ない」、「今、ここに居ること」の重要性を示していたんですね・・・

 夢は反対向きの螺旋で教えてくれるので、慣れないとなかなか意味が分かりません。親切に教えてくれよ!とも思いますが、自分で気づくことが重要なんでしょうね・・・☆

 やっと戻ってこれました。

 ただいま?!
 
 ハートの奥から聞こえてきます。

 おかえりぃ?♪



「直感のタロット」 マンガラ・ビルソン 参照
 
 何度も、何度も見る、「車を失う夢」・・・足がなくなる夢・・・
 もう車は必要ないということ?行くところも帰るところも、もう無い?
 今回の僕の旅は、もう終わりなのでしょうか?
 僕が立つ、この場所が、旅の目的地なのでしょうか?
 


 「セラフィム・プループリントを受けた夜」、をUpして一夜が開けて・・・

 今回の旅は、終わったという実感があります。
 彷徨う、永かった旅は終わりました。

 今朝、新しい命が生まれ、
 そのまんまを面白がり、楽しむ旅が始まりました。
 これからも越えていく、山や、谷や、川があることに感謝します・・・


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7/4、桜山展望台より
眼下に茶畑が広がる。遠くに見えるなだらかな山並みはトトロの森・狭山丘陵。
  



 
 今年も、楽しみにしていたベランダの蓮が咲きました♪
 蓮ちゃん♪ ありがとう!!


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6/22 お昼ころ
蕾がだいぶ上がってきました。


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7/2 AM9時ころ
咲きました♪ 開花1日め。1日めはもう少し開いたら、午後には閉じます。


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7/3 AM9時半ころ
2日め。今日はちゃんと開きました!


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7/3 PM6時ころ

7/4、3日め。花びらが少し散りましたが、夕方にはこの写真と同じ状態でした。

7/5 4日め。花びらはすっかり落ちました。
 
 セラフィム・プループリントを受けた夜、と言っても明け方ですが夢を見ました。
 何度も、何度も、見た夢です・・・
 見る度に、場所や設定が違うんですが、内容は「車を失う夢」です。
 実は、クレドールと出逢ったのも、この「車を失う夢」のときでした。


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 たぶん・・・行ったのは南東京のベース。羽田空港の近くの埋め立てた島です。
 荷物のターミナル基地は戦場です。自分のスペースを機敏に確保しないと後回しになってしまいます。うまく車を止めるスペースを見つけ荷降ろしし、空になった荷台にヤキソバのケースを積み込みます。後はセンターに戻るだけです。

 ここで夢の意識の空白があり、車に戻り帰ろうとすると、車がありません・・・
 

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写真お借りしました。




 捜しますが、誰かが乗って行ってしまったのか?見つかりません!!周りは
運河で囲まれているし、夕暮れだし、どうやってセンターに帰ればいいか・・・?足がないのです・・・情けなく、途方に暮れます。ベースの人に事情を話して送ってもらうしかないなあ・・・って思っている辺りで夢が終わります。







 僕は昔、車を売り飛ばすお仕事をしていたのでしょうか?それでこんな夢を見るのでしょうか?輸送船を狙う窃盗団(平たく言えば海賊)だったのでしょうか?運河は銀河なのでしょうか?銀河を越えたセンターには戻れないのでしょうか?

 何度も、何度も見る、「車を失う夢」・・・足がなくなる夢・・・
 もう車は必要ないということ?行くところも帰るところも、もう無い?
 今回の僕の旅は、もう終わりなのでしょうか?
 僕が立つ、この場所が、旅の目的地なのでしょうか?
 
 前夜(6/29)の土砂降りは、次々に落ちる稲光と轟音にシビレていました!!近くに高圧線の鉄塔が何本も立っているので、まるで雷の巣の中にいるみたいでした!!

 
 一夜開けて今日はいい天気!ちょっと入間市駅に行ったついでに例の公園に寄り道♪

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 モネの睡蓮のようです♪


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 亀さんたちが、あっちこっちで甲羅干し。


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 カモさんたちも日光浴です!

 以上三枚の写真は二つある池の上の池です。特に異常は見えません。




 ところが、下の池に行ってみると!

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 歩くところまで池の水位が上昇。
 普段は柵の向こうの水位はけっこう低いんですよ。


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 カルガモの親子連れに会いました♪
 この親子、上の写真の柵のこっちで泳いでいました。
 良く見ると、低い縁石をお子様が乗りこえているのが写っていますよ。