魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 
 随分前になりますが、トラウマを取ってもらったことがあります。
 治療師仲間、府中の猫仙人さんにです。




 体の治療をしてもらっていたんですが、膝を触っていた彼が
 「これは・・・ トラウマだな・・・」
 って、つぶやきました。

 膝の内側は子どものとき何度かぶつけたことがあり、激痛の体験をしています。

 ぼ く・ 「痛みってトラウマになるの?」

 猫仙・ 「ならないな。関連して何か思い出さない?」

 ぼ く・ 「・・・・・・・・・・・ ☆!」

 そして、すぐに、もうすっかり忘れていた、記憶の底から浮かび上がってきた出来事がありました。

 小学校、中学年?のころ自転車で転倒し、膝の内側をしこたま打って死ぬほど痛かったこと。
 そして、その転倒した友だちの家の二階で起きた悲しい出来事・・・



 ・・・その家では鳩を飼っていました。生まれて間もない可愛いヒナ♪その可愛い鳩を友だちは持ってきてくれました。やっとヨチヨチ歩く可愛いヒナでした。
夢中になって遊んでいた僕はそのヒナを踏んでしまいました・・・
 ヒナの肛門(たぶん)からは内臓が飛び出していました。
 友だちはその内臓を引きちぎり、悲しそうに屋根に捨てました。
 辛い運命を、何とか受け入れようとするかのような動作でした・・・

 僕は子どものころからプライドが高かったのでしょうね、その鳩にも、友だちにも 『ごめんなさい』 が言えなかったのです。

 何てことをしてしまったんだ・・・!取り返しがつかない・・・何にもできない・・・ごめんなさいも言えない・・・すごい無力感の中で決して認めることの出来ない自分だけが残りました・・・




 まだ謝っていない自分を責める思い・・・
 思い出すと、そのことがトラウマになっているのだと、はっきり解りました。

 何十年も前のことを初めて謝りました。
 子どものときの友だちに 『ごめんなさい』 が言えなかったこと、生まれて間もない命にも 『ごめんなさい』 が言えなかったこと・・・とくに鳩のヒナに対して心から謝りました。いっぱい泣きました。

 猫仙人さんはトラウマになったことを心に想うように言うと、両手で僕の頭をだまって包んでいてくれました。

 辛かった僕の心が少しづつ晴れてきました。

 すると、寝ていた僕のはるか上空を一羽の鳥が円を描いて舞っているのです。僕はその鳥は僕が踏んでしまったヒナが成長した姿だと気づきました。

 そして、いっぱい泣いて気持ちが落ち着くと、その鳩は上空からスーーーッと降りてきて僕の左肩に停まりました。左肩に停まったとき僕は自分が許されていると感じました。





 驚くことがもう一つ同時に起きつつありました!
 鳩が僕の肩に近づきつつあるとき、もう一体、僕に向かって近づく者があったのです!

 その鳩が左肩に停まった瞬間、「ニャーー!」という声を左の耳に聞いたのです。
 猫仙人さんちの猫、ポチです!鳩が左肩に停まった同じ場所に両手を置いて「ニャーー(僕だよ)!」って言ったのですよ♪

 猫仙人さんによるとポチは女好きで男の人にはあまり近づかないとのこと。
治療中は治療ルームにもあまり入らないそうです。皆さんがどう思うかは自由ですが、僕はポチは僕が子どものときに踏んでしまった鳩の生まれ変わりだと固く信じています!
 
 ポチはもう僕たちの時間の流れでは死んでいますが、また違う時に、違う形で出会うと思っています。

 話が脱線しましたね♪ ではでは・・・



 PS・それからは、トラウマになった悲しい出来事を思い出しても心は健全でいられます!





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猫仙人さんと、もも(白黒)と、ポチ(きじとら)


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ポチのアップ
 
 「わぁ、読みたくない」
 私はその記事を机の端によけました。


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 日本熊森協会は、クマをシンボルとして、奥山生態系保全・復元に取り組んでいる勇気あふれる実践自然保護団体です。

 日本の自然の森には、小さなバクテリアから、クマ、サル、イノシシなどの大型野生動物に至るまで、いろんな生きものたちが暮らしています。私たちは、このような生きものたちが造る保水力抜群の最高に豊かな森を、生きものごと次世代に残すため、汗まみれ泥まみれにまって活動しています。  

 尼崎市に生まれ神戸市で育った私が、こんなことに取り組む人生になろうとは、以前は、夢にも思いませんでした。

 私は、公立中学校で理科教師をしていました。1992年当時、私は兵庫県尼崎市立武庫(むこ)東中学校に勤めていました。その年はどういうわけか、真冬の一月に、一年生に『動物の世界』という授業をしていました。単元が終わりにさしかかったので、いつものように生徒たちに自主勉強を呼びかけました。ある女生徒が、一枚の新聞記事に作文を添えて、提出してきました。私は、その記事を見たとたん、「わあ、読みたくない」と思い、机の端にさっとよけました。

 なぜなら、その新聞記事には、やせてガリガリのクマが射殺され、両側から笑顔のハンターに持ち上げられた写真が、大きく出ていたからです。読まなくても、どうせ胸の痛い話に決まっています。私は生徒の作文だけを、読むことにしました。作文には、こういう問題に対するその女生徒の真剣な思いが、つづられていました。

 私は思わず、赤ペンで返事を書いてあげようと思いましたが、その段になって、やっぱりさっきの記事に目を通さないと書けないなあと感じて、恐る恐る記事を再び手にして読み始めました。



             小冊子 「クマと もりと ひと 」より      つづく




 
 
 霊性の時代の夜明け 04


 ブログ 「霊性の時代の夜明け」に感情を手放す方法という新しい記事のUPがありました。




 
 僕たちは過去の出来事からくる感情のこだわりを、なかなか手放せないものです。それが怒りや憎しみを生んでいるとしても手放せないということは、その人にとっての宝物だということです。その中に次の新しい自分になるための大事な何かが多分あります。

 また意識下にしまい込んだマイナスの感情エネルギーというものもあり、気づかない感情として開放できずに本人に影響を与え続けます。

 このブログの管理人の野口さんは「母に対してよい子になろう」との自分との過剰な約束と「そんなに犠牲になることはない」という残り半分の自分の声を、「あなたにはお母さんに対する怒りがありますね」とカウンセラーの方に指摘され、これはまったく予期していなかった。と書かれていました。

 感情は心に湧く泉のようなものです。感情を開放できずにいるというのは、流れ出ようとする泉の流れを止めてしまうことです。無理に止めても地下に溜まった水のエネルギーは、いずれ裂け目を見つけて噴出するでしょう。留めていた
感情の爆発です!




 「感情を手放す」のに風船や送迎バスを使う方法があり、とても楽しく読ませていただきました。
 感情は僕にとって上手に流せない苦手な分野です・・・やってみたいと思いました。

 風船や送迎バスによって、怒りの子ども達が神様の国に帰って行く・・・

 ティム・バートン監督の“コープス・ブライド”(死体の花嫁)を思い出しました。
 婚約者に殺害された死体の花嫁エミリーの傷ついた心が、大好きな人の幸せを夢見て解き放たれていく。数多くの蝶になって神様の国に帰って行くラストシーンとダブリ、涙だこみ上げてしまいました。(ネタばれ?ごめんなさい!)








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“コープス・ブライド”ホームページより
  
 
 僕の手元にある小冊子です。本日より連載開始!





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日本くま森協会・編



  こんこんと水がわき出る森が消えるとき、

 すべての産業、都市が消える・・・・・・

 わたしたちの命は森にささえられています。

 日本を自然保護大国に!

 でなければ二十一世紀は生き残れません。

 クマの棲む豊かな森を次世代へ・・・・・・


                                表紙の言葉




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 ツキノワグマ全滅寸前


 1992年、一人の女生徒が、ツキノワグマが全滅の危機に瀕していることを伝える新聞記事を持ってきました。この記事によって、日本の奥地の広大な森が大荒廃していることを、私たちは知りました。

 えさ場を失い、おなかをすかせて仕方なく森から人里へ出て来ては、次々と有害獣として射殺されてしまう、クマなどの大型野生動物たち。彼らを絶滅から救おうと、中学生たちは立ち上がりました。

 そして、豊かな森を失い滅びようとしているのは、クマだけでなく人間を含めた全生物であることに気づいたのです。

 「ぼくら、寿命まで生き残りたい」
生徒たちは行動を開始し、猛勉強を始めました。

                                       つづく

 
 33年間、本当にありがとう♪


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画像はすべて映画「イエロー・サブマリン」の “Lucy in the Sky with Diamonds” より





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 あなたの魂の旅に祝福がありますように!
 
 森戸海岸のデニーズで最後の休憩

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 一杯のお茶だって絵になってしまう

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 もうすぐアイスくるよ!

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 アイス!と、オレンジジュース!さっき海に入って喉が乾いたね!

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 リトルマーメイドのような、店内のおしゃれな飾り絵!

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 このデニーズを最後にそれぞれの帰路につきました。
 花蓮が泣いてくれました!嬉しいねえ・・・
 
 久留和の浜に打ち寄せる波・・・

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 急ぎもせず、休みもせず、毎日、繰り返される。

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 はるかな過去より、海があるかぎり・・・

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 「ひとつとして同じ波はないのよ」と、ももちゃん。

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 今、という瞬間が形を変えながら動いている、見ていて飽きない♪

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 翌日、葉山から見晴らしのいい湘南国際村を越えて海岸へ。
 しかし、立石の駐車場は満車!待っても無理そうなんで、前に住んでいた近くの久留和漁港に下りました。





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 久しぶりの久留和の港です。写真中央、岬の先に小高く盛り上がって見えるところが長者ヶ崎。



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 また写真の中央、四角い白い、結構大きい建物があるあたりです。
 子ども達が幼稚園と小学生のとき、今はもうありませんが、ガデリウス葉山
クラブハウスがそこにありました。そこに板橋からみんなで引越ししてきました。





 この場所は二年半という短い期間暮らしたのですが、僕たち夫婦(このときは)にも、子ども達(特に息子)にも意味深い場所になりました。

 娘は色が白いので「おばけ!おばけ!」と言われたり・・・

 息子は大潮のとき「大変だ!海から岩が押し寄せてきた!」(海が引いたんですよ♪)と・・・

 喘息だった息子は板橋の医院まで、バスと電車を乗り継いで一人でよく通いました・・・

 クラブハウスのすぐ下の浜でよく遊びました。流れついたワカメは香り高い味噌汁にすぐに変身しました。

 息子は久留和漁港で大楠小学校の友だち、ゆうき君のお父さんの船でよく漁に連れて行ってもらいました。





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その当時の子ども達の写真。近くの山で撮りました。とってもステキな大人になってくれました♪

 





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 花蓮。オムツ?と肌の色以外はすでに土地っ子!
 いや!三人子どもいたけど・・・みんなオムツだったな!っけかな?






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 それが・・・世界は不思議ですね?
 
 浜の人との何気ない話に、昔ここに住んでいたこと、子ども達のこと、ゆうき君のこと、話していたら・・・
 「ほら!今家から出てきた人が、ゆうき君のお母さんだよ」って!!
 久留和の港で、ゆうき君のお母さんに会うなんて!僕はお母さんの顔を知らないんですよ!

 赤い車が息子達の車。わんちゃんと一緒にいるのがゆうき君のお母さん。周りの子ども二人はゆうき君の子ども達。ゆうき君はお父さんと漁に出ているとの事。息子とゆうき君、ゆうき君のお父さんは会えませんでしたが。昔と変わらないんですね・・・ 変わってるか!次の世代がいる♪

 お土産にワカメをいただきました。ありがとうございました・・・
 
 ディナーは、きまぐれやさんのシェフ、吉田さんにお願いしました。

 僕たちより早くきて準備していただいていて・・・

 保養所に着いて扉を開けると、“きまぐれや”さんの 【あのいい匂い】 が奥の方から玄関まで漂い!嫌が上にも期待のテンションが上がります♪

 すぐさま奥の台所に直行!!


















 シェフ奮闘中!

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 すぐに出来上がったお料理たちが並んで行きます。
 えんどう豆のポタージュスープと前菜。色合いがきれい!

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 好き嫌いの多い父に合わせて貝料理。
 柔らかでジューシーで香りの高い蛤たち。

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 パンのフォカッチャが美味しすぎてメインのイベリコ豚のカツレツの残りは子ども達のお持ち帰り。
 これは翌日ももちゃんが作った「きまぐれやさんど」ああ喰いたい♪

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写真お借りしました。



 吉田さん、いつも!いつも!ありがとうございます!
 宇宙の果てまでも作りにきてね♪

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 お祝いの顔触れ

  ◇ えんどう豆のポタージュスープ

  ◇ 前菜

  ◇ パン・フォカッチャ

  ◇ あさりと蛤の?焼き

  ◇ イベリコ豚のカツレツ

  ◇ 塩釜焼きの鯛のパスタ

  ◇ デザート・ブリュレ

  ◇ 大皿のケーキ

 
 この日のお祝いはこの一枚の写真に象徴される気がします。




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 花蓮を通して婆あば、爺いじへのプレゼント♪
 親から子どもへの流れが三世代先から返っています。




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 あまり親の面倒見の良い長男ではありませんが、今日みんなで集まれて本当に良かったです!
 これからも元気で、良い時間を過ごしてください。仲よくね!





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 今回は由羽もしっかりと参加!食べたいのが見えると口が思わずに動いて♪



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 二階から見た近くの山。山の向こうは葉山の海。
 日暮れてきて家々に明かりが灯りはじめ・・・



 たいへん良いお祝いができました。遠いところから集まってくれた子どもたちと孫たち!一緒に参加してくれたNちゃん!本当に美味しいお料理を作っていただきました吉田さん!それにこんなにステキな保養所とバックアップをしてくれた弟!そして元気に長生きしてくれている両親!みんなに感謝してまあ?????す♪♪♪





 
 実父米寿と実母喜寿のお祝いを内々で行いました。

 弟の勤める会社の葉山の保養所貸切♪
 ステキなおうちに感動です!広いローフロアーのリビングは開放的な前面ガラス張り。その先の庭にはにはプールが・・・

 当日のディナーは“きまぐれや”さんのシェフにお願いして来てもらいました♪

 皆さんありがとうございました!

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 僕のパートナーと子どもたちの配偶者を除けば、この父と母の出会いがなければ、残りの全員はこの世に存在していないわけです。
 不思議です・・・つながっていることに感謝・・・









 これは何でしょう?“きまぐれや”さんお祝いに特別に持ってきてくれたものです。

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 “鯛の塩釜焼き”だそうです!初めてみました!尾っぽが少しだけ出てますね。オブジェとしても何ともいえない存在感・・・ 周りの塩を割ってしまうのがもったいない!

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 鯛の身はパスタ(こんなお米のようなパスタあるんですね)と共にお料理になって後に再び登場!
 とても優しい味のパスタでした!洋風とも和風ともいえる、“きまぐれや”さんの味でした。



 
 
 昨夜、兄のような存在の従兄弟から、ドイツ在住の娘さん夫妻が帰ってきていて、僕と会いたがっていると連絡がありました。

 ああ、そんなこと言われるなんて・・・こんなに嬉しいことってありますか!!!
今日会いに行ってきました♪

 ドイツ人のだんなさんも一緒です!コミュニケーション出来る?大丈夫かな?
ドキドキ・・・!

 でもだんなさんのペーターさん大変日本語がお上手で、何の心配も要りませんでした!

 短かかったですが、いろんな話ができてとても!とても!楽しい時間でした♪ありがとうございました!そしてご馳走さまでした!






 下の写真はお土産にいただきましたコーヒーです。

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 あれ!このマーク知ってるぞ・・・

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 拡大しました。そうこのマークはフェアトレードの印です!

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 フェアトレードはこのブログでも紹介したことがありました。経済的に貧しい、また立場の弱い人々から搾取するのは止めようよ!公正な貿易をしようよ!という世界的な運動です。

 ペーターさんのお兄さんはコーヒーの貿易の仕事をなさっているそうですが、フェアトレードというのが嬉しいですね♪日本ではまだまだ一般的には知られていませんが、ドイツではフェアトレード商品は人気のトレンドだということでした。
羨ましいですね。

 15日までで帰られるとのことですが、ドイツに帰られてもご夫婦で元気で活躍なさってください!
また、お会いできる日を楽しみにしています♪ではでは。 ^ ^/"


 P.S また、お会いできましたら、ピアノ聴かせてください!しっとりしたピアノの音♪ステキでした・・・
 
 PLUTO (プルートウ)

 二年前に山手線の吊り下げ広告に惹きつけられて以来、最も注目しているマンガです。



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 成長する人工知能は「心」を持つに至る。こんな表現が許されるなら、ロボットにも劣る人間や、人間以上に涙のわけを知っているロボットたちが登場します。

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 心とは何なのか?なぜ人は優しさに出会うと泣いてしまうのか?社会的には人間の下位にありながら、パワーも、知能も、優しさも、愚かさも、人工知能たちは人を超えていくのか?

 話の先が読めません。とにかく面白い!「地上最大のロボット」を通して語る
浦沢直樹さんに感謝!!

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 僕は手塚作品あまり詳しくないんですが、アトムに登場するキャラクターや物語り、「ブラックジャック」など他の手塚作品も話の中に織り込まれていて手塚治虫ファン必見ですよ♪




 
 この図形を見てください。
 小さい四角形Aの回りに
 少し大きい四角形Bがあります。


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 小さい四角形Aの線上にアリさんが住んでいるとします・・・
 このアリさんは、四角形Aの線上しか歩けないので、
 一生かかっても、少し大きい四角形Bの線上を知ることはありません。



 ただし、このアリさんが小さい四角形Aの線上から離れなくとも、大きい四角形Bを知る瞬間があります。

 続きを読むに答えがあります。
 
 
 【他人(ひと)を愛する (2)】 その3


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 では、心の温度を高めるには どうしたらいいいのでしょうか。



 
 まず第一に、そうしようという決心をすることです。人間は、自分で自分のあり方を決める存在です。あなたの心の温度を高めようと決心できるのは、あなたのほかにはありません。まず決心してください。それが第一歩です。しかも、とても大きな一歩です。



 
 第二に、心に「愛のエネルギー」を受け入れてください。愛のエネルギーは宇宙から絶えず送られてきています。ただ、それを受け入れようとする人しか、それを受け入れることはできません。愛のエネルギーが無理やりにあなたの心に押し入ってくることはありません。なぜなら、そのようなことをすれば、あなたの自由意志をそこなうことになるからです。

 愛のエネルギーをあなたの心に受け入れるためには、あなたがそれを求めなければならないのです。そのためには、あなたの心に愛のエネルギーが流れ込んでくることを想像してください。絶えず想像してください。そうすれば、やがて、想像は現実になります。あなたの心は愛のエネルギーによって満たされるようになるでしょう。あなたはなぜか、理由もなく心の中が暖かくなり、世界が美しくなったように感じます。あなたの心の温度が上がり始めているのです。

 けれども、愛のエネルギーを心に受け入れて貯めるだけではいけません。愛のエネルギーは静止したとたんに力を失います。愛のエネルギーは絶えず流れていなければならないのです。あなたの周りのあらゆるものに、あらゆる人に、あらゆる出来事に、そのエネルギーを振りまいてください。周りのあらゆるものごとに、あなたの胸からあふれ出た愛のエネルギーが流れていくと想像してください。愛のエネルギーの流れは目には見えませんが、あなたにその意思があれば、愛のエネルギーは必ず流れていきます。



 
 第三に、ものごとを善悪で二分するのをやめてください。善悪という角度から見るのをやめるのです。すべてを自然現象であるかのように見てください。北風は寒いからといって、誰も「北風は悪い風だ」とは言いません。ただ北風を防ぐ工夫をするだけです。それと同じように、何か自分に不都合なことがあっても、それを「悪い」といわず、ただその不都合を避ける工夫をしてください。そして、心の中では、その不都合に対して、またその不都合をもたらした人に対して、愛エネルギーを送り続けてください。

 善悪だけではありません。私たちの心には、あらゆるものごとを、よいか悪いか、好きか嫌いか、損か得か、役に立つか立たないか、といった基準で分類する習性があります。この習性が働くと、エネルギーの流れが止まります。「悪い」ほうに分類されたものには愛のエネルギーを送りたくなくなるからです。嫌いなものにも、自分に損害をもたらすようなものにも、私たちは、愛のエネルギーを送りたくないと思います。けれども、むしろ「悪い」と思うものに気付いたら、それこそがもっとたくさんの愛エネルギーを必要としている場所なのだと思って、心の中でその人、あるいはその出来事に、愛エネルギーを送ってください。



 
 絶えずこのようにしていると、次第に世界を「よいもの」と「悪いもの」に分類する習性がなくなっていきます。そして、無条件、無差別に愛エネルギーを送ることができるようになってきます。愛というものが、善悪という道徳にも、好き嫌いという感情にも、損得という計算にも、役に立つか立たないかという価値判断にも無関係なものだということがわかってきます。あなたは、ただ、あらゆる人、あらゆる出来事に対して、つねに絶え間なく愛エネルギーを送り続けるようになります。
 
 これが「他人(ひと)を愛する」ということの、本当の姿なのです。
 
 【他人(ひと)を愛する (2)】 その2


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 それは太陽が輝くのと同じです。太陽は地球があるから地球のために光を放つわけではありません。惑星のある場所にだけ光を送るわけではありません。地球には光を送るけれども火星には送らない・・・そんなことはしません。惑星のある方向にも、何もない空間の方向にも、惜しげもなく光を送ります。それは、太陽が、ただ、自分の本性として輝くからです。
 
 愛も同じです。愛は対象をえり好みしません。対象があろうが無かろうが、あらゆる場所で、あらゆる状況の中で、愛の光を放ち続けます。愛する理由があるから愛するわけではありません。愛することの効果を期待して愛するわけではありません。愛はただ、自分の本性として、無条件に、無差別に、無目的に、愛し続けるのです。
 
 キリストは「互いに愛し合いなさい」と教えました。私たちも、愛し合うことの重要性は理解しています。けれども、努力して愛することはできません。心の温度の低い人が、努力して温度の高い反応をしようとしても、破綻するだけです。そのようなことをしようとすれば、人をも自分をも傷つけてしまいます。
 
 けれども、自分の心の温度が高くなるように努力することはできます。それどころか、心の温度は自分で高めるように努力しなければ高くなりません。それは、あなたの心の温度であって、他人の心の温度ではないからです。誰も、他人の心の温度を高めることはできません。逆に言えば、あなたの心の温度は、あなたが高めようとしない限り、決して高くなることはありません。
 
 「霊性を取り戻す」というのは、心の温度を高めることです。少しだけ温度が高くなった人は、この地上で「心の温かい人」と呼ばれます。「愛深い人」と呼ばれます。けれども、もっともっと心の温度が高くなると、その人は物質の法則を超えるようになります。物質世界に縛られなくなります。からだは透明になるかもしれません。光り輝くようになるかもしれません。時間も空間も超越して、別の次元の世界にさえ自由に出入りできるようになります。あらゆるものごとに対するその人の反応は、普通の人間には想像もできないものになるでしょう。それが霊性なのです。
 
 宇宙を成り立たせている唯一の根源のエネルギー・・・・それは愛です。愛エネルギーの密度の高い世界、それが霊性の世界です。愛エネルギーの密度の低い世界、それが物質世界です。私たちは、霊性を取り戻そうとするなら心の温度を高める努力をしなければなりません。心の温度が高くなれば、私たちは自然に他人をも自分をも愛するようになります。心の温度が高くなれば、私たちは自然に霊性を取り戻します。
 
 【他人(ひと)を愛する (2)】 その1


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サイトの写真をそのままお借りしました。



 私たちは「あの人は好きだけど、この人は嫌い」という風に、人によって好き嫌いの差別をします。そして、好きな人のことを「愛している」と言います。愛するというのは、好きになることだと考えています。英語では、僕は野球が好きだ、というのにさえラブという言葉を使います。
 
 けれども、ほんとうは、このように相手を区別するものは愛ではありません。相手によって変わるものは愛ではありません。ある人は愛するけれどもほかの人は愛さない、ということは不可能なのです。自分は愛するけれども他人は愛さない、あるいは他人は愛するけれども自分は愛さない・・・そのようなことは、不可能なのです。
 
 愛はつねに無条件です。相手によって変わりません。状況によっても変わりません。皆さんは、子どもの頃、「よい子のみなさ?ん」と呼ばれて、「僕はよい子じゃな?い」と反発したことはありませんか。よい子は愛する、悪い子は愛さない、というのは愛ではありません。子どもたちは、本能的に、それを見抜いているのです。
 
 いったい愛とは何でしょうか。なぜ、相手によって変わらないのでしょうか。
 
 愛が相手によって変わらないのは、愛が相手に対する反応ではないからです。愛というのは、あなたの心の温度です。あなたの心の温度が高ければ、あなたはあらゆるものに対して温度の高い反応をします。あなたの心の温度が低ければ、あなたはあらゆるものに対して温度の低い反応をします。あなたの心の温度が高いか低いかは、相手によっては変化しません。これが、愛がつねに無条件である理由です。
 
 私たちは「何々を愛する」という言い方をします。「愛」を他動詞だと考えています。けれども、本当は、愛は自動詞なのです。愛はただ愛するのです。何か対象があるから愛するのではありません。愛するに足る何かがあるから愛するわけではありません。愛は、ただ、自分の本性として愛するのです。
 
 ブログ「霊性の時代の夜明け」のご紹介をしたいと思います。




 と、思いましたが・・・読んでみましたが・・・僕の実力では無理でぇ?す♪
 でも皆さんに読んでみて欲しいのです。共感できる部分がありましたら、そこを自分の中で暖めてみてくださいね!

 僕は、と言いますと、“目くらが何人かで象さんを触って・・・”って話、皆さんご存知ですよね?僕も目くらの一人として触ってみます。

 「あっ!これが象さんだ!」

 って感じたパーツをピックアップしていきます。

 以前にもお断りしましたとおり、このブログは「僕の魂の旅」のために書かれたワークブック。それがこのブログのテーマの中心です。

 よく書道の勉強のときに、先生のお手本の上に半紙を置いてなぞり書きしますよね。僕は、ここが自分の好きなお手本だ・・・と感じる部分(自分の内なる光が踊り出す〓そこをアップします)に半紙を置いてそこの波動を自分に転写できるよう読んでいきたいと思っています。




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