魂のワークブック

何だろう?私と世界にプレゼントしたいもの♪

 

 
 テナーのまぶたで火が踊りはじめた。炎が宙を泳ぎ、舞いあがって、沈み、ふたたびすすけた石の壁を背に明るく輝いた。背後の石の壁はやがて暗い空に変わり、色あせた夕方の空に変わり、世界の果ての大気と光の渦に変わった。黄色、オレンジ、橙、赤と、炎はさまざまな色の舌をのばし、だがその炎のことばはテナーにはしゃべることができないものだった。

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「SUMATRA Indonesia」 より。





 造ることとこわすこと
 始まるものと終わるもの
 誰に見分けのつくものぞ
 われらが知るは戸口のみ
 入りて発つべき戸口のみ
             (ゲド戦記より)

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「SUMATRA Indonesia」 より。
 
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友人のM さんから、パンジー♪と、無茶々園のみかんと、山形の赤カブの漬物!が届きました。
M さん、奥さん、ありがとうです!喜んでいただきます♪







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レヨメーターの後継機、レヨコンプ PS-10 も届きました!
いままで、手合わせのダイヤルでやってたんですが、プログラムでできるようになります。
かなりのプログラムも内臓されていて♪役に立ちそうです☆
あっ!波動調整の機械なんです。



どちらも、種類は違いますが、と?っても嬉しいです!!
 
寒くなると、僕も南の島に移住したくなる一人です。

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ウェルカム・フラワーは毎日の仕事。ウブド 「アグンラカ・バンガロウ」にて。






バリの人たち大好きです!!
受け入れてくれると、つまらない冗談にも本当に喜んでくれます。
お店の中でもみんなで集まってきて、すぐに話が盛り上がってしまいます。
お仕事は?その間はスタッフの頭からは消えてしまうようです。^ ^

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クタ のシーフードレストランでの ワンショット。







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ウブド、モンキー・フォレスト奥の「ラカ・ラケ」のスタッフたち。
 
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 マスター・ヨーダ。 入間、産業道路沿いに出現!!
 
 早稲田の福田先生のところには、好きに持ち帰ってよいプリントがいろいろあります。
 今日はその中のお気に入りの一枚です。

  

                  やりゆぅ                   
                  福田高規

 ◯土佐弁
 私の母方の祖父は高知市の東、物部川の先、三宝山の麓の農夫であった。農業のかたわら、峰雪という名で、屏風絵やふすま絵を描く狩野派の画家。写生のために、携帯用の筆を愛用していた。
 いちいち丁寧に連絡するタイプで、生前は、今で言うメールが来た。
 「おんしんくの田んぼの前を通ちょったらな、稲が・・・・・と言いよったぜよ、なんとかしちゃらぁにゃあ」 という具合である。
 私は、小学生になる前と中学生の後半しか高知にいなかったので、土佐弁は使えない。ところが、高知で親しくしていた友人は、東京に住んでいても、私の顔を見たり、私が電話に出るとよどみない土佐弁しか出てこなくなる。標準語が頭の中から、どっかに行ってしまうのだ。
 当然、ここに登場ねがう祖父は、私に向かって標準語などを使う筈がない。
 「やりゆぅ」 は、語尾を上げると 「元気にやっていますか」 という挨拶コトバになる。
 生まれ育った郷土のコトバは、部落が違うと、いや、小さな流れの右岸と左岸で、微妙に違う。そして、現地の人々はそれを聞き分ける。 「やりよぅ」 という人もいる。
 私の叔母が私に声をかけるときは、やさしく 「やりゆぅかね」 という。私は語尾を下げて 「やりゆぅよ」 と答える。
 おじぃやんのメールは、こういう説明なし。皆さんがすでにご存知の話が展開する。土佐弁のムードを楽しまれたら、もう充分。そして話だけで終わらずに 「やっとうせ」。

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高知市の東、物部川



 ○おじぃやんのメール
 天国のおじぃやんから、突然メールが来た。
 「やりゆかよ」 「やりゆぅよ」
 「何やりゆぅ」 「あしゃあ、エドガー・ケイシーの押し掛け弟子をしゆぅよ」
 「江戸崖の石かね」 「いや、ケイシーはアメリカ人の名前。人間の心は、自分の体験を造ると言うて、大勢の人々を救ちょった観音様のような人ぞね」
 「観音様のような立派な石のところに押し掛けている弟子か。おんしゃあ、いつまでも、こんまい砂利石のままでおったらいかんぜよ。大切なことを教えてもろぅたら、とにかくやらにゃあ。やっちょったら、大きな石になるきに」 「・・・・・」
 「聞きゆぅかよ」 「聞きゆ」
 「この地上に生きてるおまんらぁは、誰でも皆、この今、自分自身が観音行をしゆぅきに。普通、多くの人は、観音様の慈悲と知恵の活き活きした働きを知らんずつ行動し、生活しゆう」
 あしらぁは皆誰でも、観音様の分身ぜよ。おんしの肉体は、このまんまで、宇宙のあらゆる次元を通して働いておられる観音様の動く観音堂よ。
 日々の生活は、観音様があしらぁを通して絵を描きゆぅようなもの。過去に描いちゅう絵の上に、自分らしい新しい絵を重ねて描く意味深い行(行い)が人生にかわらんぜえ」 
  
 「観音様といっしょに働くには、まず、これから、どうゆう生活体験をしたいかをハッキリ決めや。おんしが決めにゃあ、観音様はどうやっておんしを助ける。そして、おんしを通し、日々に働いておられる観音様の深い知恵を自由自在に活かして生活しぃや」
 「日頃から、観音様の知恵と慈しみが自分を通して働いていると感じ、その感じを深々と観じ、具体的に必要なことを、観音様とごいっしょに行動しちょればえいちや。
 観音様は、完全な知恵と慈しみ。完全な造る働き。あしらぁの体験を造る完全な仕組み。感覚的には広大無辺。自由自在。間(ま)。空。時。静けさ。光。全部ひっくるめて、あしらぁが一体感を観じている時、その働きとして、活き活きと 『ありゆぅ波動』 。
 おんしらぁは、日常の生活の中で、自分に必要なものは何でも 『ある』 と決めつけ、思いこみ、感じきったら 『ある』 。 その 『ある』 を自分の体験にしよらぁ。その体験は 『ありゆぅ』 が変化したもの。 『ありゆぅ』 が変化しゆぅだけで、ないものは何もないんや」

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 「こんなこと知っちょるだけでは何の役にも立たん。あしらぁは誰でも皆、観音様。自分が観音様をハッキリ感じ、その感じを他の人やまわりに観じる癖をつけぇや。例えば、自分が宇宙のあらゆる次元で働く観音様の慈しみの光になって周りを照らして見なさい。
 自分を通して光があふれ出て行く。そうしゆぅ時はな、あれやこれやのよけいな考えや悩みは、自分が放つ多彩な光の影にしか見えんようになる。影は影よ。そのまま行かし」

 「人は、こだわりなく、過去の上に何でも描ける。自由自在よ。どうでもえいことや過去にこだわれば、こだわるという絵を描きゆうことになって、こだわりの体験をする。こだわりは自由自在やない。考えや気持ちがとどこおる。体も疲れてしまう。つまらんぜ。
 でも、こだわっちゅう自分にもこだわりな(命令形のあとにくる 「な」 は否定形」)。観音様への供物にしなさいや。この今も、おんしらぁの意識と肉体を通して、とどこうりなく働きゆう観音様は人助けができたと言うて喜ぶぜ。たくさん喜ばしぃ。
 自分が選択したものに、気持ちようにこだわるんやったらえいがぞ。その気持ちえいこだわりが、おまんらを元気にしてくれらぁ」
 
 「あしらぁも、おんしらぁも闊達自在。自分が何を描くのかは、誰でも自由自在に選択できらぁ。
あしらぁが思う存分に描いても、この世界はいつも新鮮。皆が皆で楽しくなるような絵を描きぃ。新鮮な、自分らしい絵を描いたら、それをたっぷり楽しみや」

 「観音様は、あしらぁの意識の具体的な知恵と慈しみの働きぞね。あるがままの 『ある』 の感じを、そのまんまに観じ、それが働かれる場を指定すると、その場で 『ある』 という仕組みが活き活きと働かれる。これが、おまんらぁの生活に役立つ知恵と慈しみを活かす 『ありゆぅ波動』 のやり方ぞね。ほんきでやりや。ほいたら、またメールするきに」

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 「ゲド戦記」に “苦しみの山” が出てきます。
 それは、黄泉の国。光のまったくない暗闇にそびえ立つ岩山で、そそり立つ崖には、虚無に向かってぽっかりと開いた黒い穴があり、そこが、死の川が流れ出る源になります。
 岩山の空気は凍えるほどに寒いのに、岩に触ると焼けた石炭に触るように皮膚を焦がすそうです。
  
 そこまでは行かなくても、僕たちのポケットには “苦しみの石” が、まあ、大小の違いはありますが入っているようです。
 “絶対に変化をきたすことのない物質!苦しみの石”
 変化を受け入れるだけで、変わってゆくのに!石は溶けてゆくのに・・・
 自ら、苦しみを手放せないでいる。いや、手放したくない。それが僕たちでしょうか?

 空、見てね!雲、見てね♪
 僕たちの心が、氷のようになっている時でも・・・
 雲たちは、一時も休まずに形を変えていきます。




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 今日、12月22日は冬至。
 今日は一年で一番、陰が強くなる日です。
 また、最初の陽が産まれる日です。
 今日、産まれた陽の赤ちゃんは毎日少しずつ大きくなって、来年の夏至に一番大きくなります。そして夏至の日に陰の赤ちゃんが産まれて、来年の今日に陰が最大になるわけです。

 人体では、陰極まって陽をなす、ヶ所は “心” 。
 陽極まって陰をなすのは “腎” です。
 “心と腎の間” に光極という無極のエネルギーが発生すると言われていますが、どう扱うのやら・・・

 男(陽)女(陰)の恋も、それぞれの陰、陽の気が引かれあい、間に気の渦が生まれます。お互いに相手に惹かれていると感じていますが、じつは、お互いの気で作った、お互いの中間にできたエネルギーの玉に引きつけられているのだそうです。
   

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お互いの気が交じり合い、渦ができる。「ツインソウル」表紙より 飯田史彦著






 『魔界からの客人』 で魔界からの客人の魂を目覚めさせた光も、小さな兄が握った妹との手と手の間で、無垢な陰と陽が合わさり生まれた無極のエネルギーによるものではないでしょうか☆


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陰中陽、陽中陰が引き合い、中心に光極ができる。
 
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 地球に、ただひとつの国ができたとき!

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 そのときは、世界中で ジョンのイマジンを歌いたいなぁー!♪

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 ただひとつの平和な世界のために、オノ・ヨーコさんが制作した “光の塔” 「イマジン・ピース・タワー」。
 アイスランドの首都レイ・キャビクにあります。リンクには動画もあります。イマジンも流れます。ぜひ見てみてください!
 
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 「ベドゥリート、いいかい。進歩した世界には宇宙親交というものが形成されているんだよ。すべてのひとはみんな、兄弟だし、友だちなんだよ。だれもめいわくをかけないかぎり、われわれの行き来は、まったく自由におこなわれている。なんの秘密もなければ禁止もない。戦争もなければ、暴力もない。暴力は未開文明に特有のもので、未開人の形成している社会の特徴なんだよ。

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 われわれのあいだには競争もなければ、だれも兄弟からぬき出ようなどといった野心をもっているひとはいない。ただ、みな人生を健全に楽しむことだけを望んでいる。そして人々を愛しているから、われわれの最大の幸福は、ひとに奉仕し、援助すること、そしてひとの役に立っていると感じられることによって得られるんだ。みんな、平和にたいするはっきりとした認識をもっていて、創造者を愛し、いのちをあたえてくれたことにかんしゃし、それをじゅうぶんに満喫する。人生とはわれわれにとって科学がどんなに発達しようと、とても単純なものなんだよ。

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 もし、地球のひとが生きのびて、エゴイズムや人間不信を克服できたときにはすぐにでも、宇宙親交の仲間に入れてあげることができる。もしそれが実現すれば、人生はいままでのように生きのびるための、過酷で激しい生存競争から開放され、すべてのひとに幸福な生活がおとずれはじめるよ。そのときにはわれわれは、地球が平和で不正のない連合した世界になるために、必要なものすべてをあたえよう」
 「アミ、とても美しくて、すばらしいことだね」
 「だって、ほんとうのことだからね。真実だけが美しいんだよ。地球に帰ったら一冊の本を書きなさい。それがひとつの声となり、一粒の砂となり、第一歩となるためにね」





 そして、書かれた本が、紹介している 「アミ 小さな宇宙人」です!☆
 
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「あれがプレアデス・・・・。すばらしい文明のある星だ」 

                      (「アミ 小さな宇宙人」より)
 
 略

 寒くて灯油が高いので冬眠したいです。
 暖かい南の島に移住したいです。
 バリは暖かいですかね?!
 そのバリですが、地球の13チャクラのひとつがインドネシアはバリのバトゥール山とバトゥール湖にあるそうです。
 人体のオーラ13チャクラの中で、もっとも底に位置する第一のチャクラと対応しているみたいですよ。足のした60センチぐらいかなー。
 第一のチャクラ 『地球のポータル』 チャクラと呼ばれてます。その機能は、地球のエネルギーがあなたのエネルギー場へ流れてくる入り口であり、皆さんがグラウンディングするのを助け、惑星とのつながりを感じられるようにすることです。
 このチャクラは一次元、すなわち鉱物界に対応します。

 これまたプレアデスという本に書いてあります。

 それから、Gさんと昔いた塔の上か下から、他の星か他の次元へのポータルだったんじゃないですかねー!どっかに行ったんじゃないですか?
 瞑想してみて、思い出して!

 略

                                  M




雲の中は聖なる山、アグン。

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アグン山の西の美しいカルデラ。バトゥール湖。

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さらに西にバトゥール山。
この写真はバリの友人 DENA のお勧めポイント!
うまい!安い!超パノラマ!!のレストランから撮影。

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江ノ島を越えてたどり着くところは?
従兄妹の家。
このファミリイに関しては、別のブログがもう一つ必要になりそう・・・
なので詳細はパス・・・


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いとこの子、Kryちゃん。


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彼女のすぐそばの命、ピースケ。


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Kryちゃん、手作りのパワーパフ・ガールズ!!左からバブルス、中央バターカップ、右がブロッサム。
この人形たちも、実際とても優れものだけど、彼女の作るミニチュアには開いた口がふさがりません!!
彼女のホームページからブログに入ると楽しめますよ♪
あっ!好きな人はね!
 
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トンネル出口、眼下に鎌倉材木座の海が飛び込んでくる。


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前方に(写真右側、黒い崖)稲村ヶ崎が近づいてくる。


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稲村ヶ崎を過ぎると、江ノ島は目と鼻の先。


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海の反対側、すぐ横を江ノ電が走る。


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12/18(火) PM 2:20 江ノ島通過直前。
 
12/17 久里浜 花の国の X’mas イルミです!☆♪
寒かった!!けど、きれいでした♪☆☆☆



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12/18 (火)PM  江ノ島・・・通過予定!
 
 「  略  よし、話してあげよう。エレス・アクベの環とはいかなるものか?そう、見たところ、それは少しも値打ちがあるもののようには見えないし、環とも呼べたものじゃない。指環にしては大きすぎるし、では、腕環かといえば、それにしては、小さすぎるし。誰ひとりそれが何のために作られたのかを知っている者はないのだよ。だが、それはともかくとして、環はかつて、ソレア島が海底に沈む前、かのうるわしのエルファーランが身につけていたと言われている。だが、その時でさえ、環はもうだいぶ古びていたということだ。その後、それはついにエレス・アクベの手に渡った。
 ・・・・環は硬い銀でできていて、穴が九つあいている。外側には波のような模様が描いてあり、内側には九つの神聖文字が彫ってある。あんたのところにある半分に四文字と半分、わたしのほうに同じく四文字と半分だ。ひとつの文字にひびがいって、ふたつに割れてしまっているというわけだ。それが、古来 “失われた神聖文字” と呼ばれているものでね。
 残る八つの文字は大魔法使いと言われている人びとにはよく知られている。たとえばピルの文字は狂気と風と火から人間を守ってくれるもの、ゲスの文字は人間に忍耐力を授けてくれるもの、という具合に・・・・。
 ところが、このふたつに割れた神聖文字は国々を結びつけるものだった。それは “つなぎの文字” で、統治のしるしであり、平和のしるしだったのだ。これなしにはかつてどんな王もよく国を治めることはできなかった。それがどんな文字だったか、それは誰も知らない。ともかく、その文字がなくなって以来今日まで、ハブナーにはひとりとしてすぐれた王は生まれなかった。アースシーは小さな国々に分裂し、あちこちに暴君があらわれ、小ぜりあいと戦争をくり返してきた。  略  」


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 「決めるんだ、テナー。  略  アルハ(おお巫女という社会的な名前)になるか、テナー(本当の自分の名前)になるか。両方同時にはなれないんだ。」
 略
 「でも、もしもわたしが闇の者たちに仕えることをやめたら、わたしは殺されるわ。ここを出たら、わたしは死んでしまう。」
 「あんたは死なないよ。アルハが死ぬんだ。」
 「でも・・・・。」
 「テナーいいかい、生まれ変わるためには、人は死ななきゃならないんだ。しかし、それは、別の見方をもってすれば、さほど、むずかしいことではない。」
 「でも、わたしたちは逃げだせっこないわ、絶対に。」
 「うん、もしかしたらだめかもしれない。だけど、やってみるだけのことはあるよ。あんたには(墓所の地下迷宮の)知識がある。わたしには術がある。そして、わたしたちふたりの間は・・・・。」 男は口ごもった。
 「エレス・アクベの環がある。」
 「そうだな。しかし、わたしはもうひとつ別のことを考えていた。信頼と呼ぼう。
・・・・そう、たしかにそう呼んでいい。これはすばらしいものだ。おたがい、ひとりでは弱いけれど、信頼があれば、わたしたちは大丈夫だ。闇の精霊たちより強くなる。」
 傷のある顔に、男の目は澄んで、きらきらと輝いていた。
 「聞いてくれ、テナー!」
 男は言った。
 「わたしはここに盗人としてやってきた。武装して、あんたの敵として、しのびこんだ。ところが、あんたはわたしを信頼し、親切にしてくれた。そして、わたしも、あの墓の下の洞窟ではじめてあんたを見たその瞬間から、あんたを信じるようになってしまった。暗がりに浮かぶあんたは、美しかった。あんたはその後もずっとわたしを信じて、なにかと手を尽くしてきてくれた。それなのに、わたしは何のお返しもしていない。だが、今はすべてのものをあんたにあげよう。わたしの本名はゲドだ。そして、この名はもう、あんたのものだ。」
 男は立ち上がると、銀の環の半分を差し出した。
 「合わせてみよう。」
 少女は彼の手からそれを受け取ると、他の半分が下がった銀の鎖を自分の首からはずして鎖をぬきとり、てのひらで注意深く両者を合わせた。完全だった。
 「いっしょに行きます。」
 少女はうつむいたまま言った。



                                 
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「ゲド戦記」 より抜粋

 
 僕は、女性が笑顔で振り向いて子どもや夫に話しかけるシーンが好きです。

 それはもう、何も言わなくても幸せを表現しているからです。
 また、僕は男だからかも知れませんが、
 幸せそうな奥さん⇒その側には思いやりのある男がいるのだ!
と思ってしまう。そういう単純なところがあります。

 本当は努力して体験を分かち合い、幸せは二人で築いてゆくものだと思いますが。

 実際には、それが自然にできるカップルはごくわずかで、ほとんどの伴侶は最強のライバル!! そこで、
 「クリスマスの夜だけは・・・」
が出てくるわけで・・・
 この最強のライバルは大切な学びのために、自らが選んだ存在なのですが、多分、最も乗りこえがたいハードルなんだと思います。
 でも自分が最も気がつかなくてはならない “足りない部分” を気づかせてくれる相手でもありそうです。

 Nちゃんは今でも時々会う元配偶者ですが、別々に暮らし、時々会うから良いみたいです。
 今でも長時間一緒にいると、だんだん一緒にいるのが辛くなってきます。なぜなのか良く分かりません。
 結婚していたときは、仲よくしようと近づくと傷つけあってしまう・・・
 まあ、これを “ハリネズミの愛” と言うらしいのですが。

 二人の力量がすごーく違えば、余裕をもって諭すことも、また受け入れることも出来るのでしょうが。出来ないということは、実力は五十歩百歩だということです。

 さっさと恋人を作ってしまえば良かったんでしょうか?
必要で久しぶりに会ったとき、自分を支えられず、意識の陥没が始まっているのを見て、ほおって置けなくなってしまいました。

 これを、まだ “学ぶべきことがあるからだ” と見るのか?
 “共依存” と見るのか?

 自分で選択したことですから、笑顔で振り向いて話しかけてもらえる男になるよう努力します。 また、自分の人生の主人公を本当にやっているのか、正直判らなくなるときもあります。

 その狭間で自分を探しているのが現状のようです。
 自分の気づきに、彼女の助けが必要なのかなって思います。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
 
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きのう STONE MARKET で手にいれた、グリーン・アヴェンチュリンのブレス!☆
半年ほど前から気になっていたもの。
必要を感じてケースから出してもらった。

左手に取ってみる・・・
“力強いやさしさ” が肩甲骨をとおして深部にまで伝わっていく。
深部にまで伝わっていくのは初めて!!
「会えた!」っていう感じ♪



石に惹かれる人は、お店に行ったとき、いろんな石を手に持って違いを感じてみるといいですよ。
楽しいです!あまり強く意識せずに、お遊びで♪
男のひとは左手で、女のひとは右手が基本。
でも右でも左でも持ってみる。お遊びですから♪



 
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「四国は遠い。という人に・・」
というキャッチの讃岐うどんやさんが近くにある。
たま?にしかのれんを見たことがない。
今日の昼、たまたまのれんが出ていたので入ってみた。



せまい店の中。話は聞こえてしまう。

「クリスマスの夜だけは、だんなと一緒にいたくないわねぇ!」
笑いながら♪
おばさん(すみません!)二人で。
思わず、つられて笑ってしまった!^ ^ ;
笑える話じゃないんだよな・・・・(T_T)



今度のクリスマスの夜・・・どうなるんでしょうか?
 
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午前 2 時に、東に向かって瞑想すると?

何かがやってくるそうです・・・

僕はまだ会ってないです。
 
 福田先生と最初にお会いしたとき、実父のハイヤーセルフと出会った気持ちでした・・・
 それは頭の形が、とくに後頭骨がそっくりでしたので!

 先生は“エドガー・ケイシーのリーディングを生活と治療に役立てる活動をされている”と紹介されていますが、僕が求めて出会えたとてもステキな方です♪
 なんというか、ほとけておられるのです。とても真剣さを感じるんですが、人を追い詰めるところがない。歳とったら僕もああなりたいなぁって思います!理想の人です♪
 人の話を聞かれるとき、“魂で聴いている” 感じがジンジン伝わってきます!!
 今は条件の許す限り、月一回瞑想会に参加させていただいています。

 先生は福田高規治療院で治療なさっているのですが、
 「わたしは治療はしません。みなさんの中にある命を祝福しているだけです」
 なんて、おっしゃるんです!ほんとうに、命とともに存在している方なんだと思います・・・

 そんな福田先生の瞑想会。記事にするのは難しそうです!!


 まず、首の体操をします。
 次に、簡単な呼吸法を行います。
 座布団を丸めておしりの下にいれて、またがって座ります。
 座布団に恥骨があたるように、腰椎はよく起こして、おしりは後へ突き出して、
 頭を無理なく上に伸ばした姿勢です。
 手をおろして静かに呼吸する。
 聖なる意識の最奥に向かいつづける。
 適当なときにやめる。
 感謝する。
 喜ぶ。


 瞑想と祈りはワンセットだそうです。

■瞑想・・・神に聞く。静かにしている。耳を澄ます。全身を澄ます。
■祈り・・・神に語る。私たちの問いかけを、いまかいまかとひたすら待っていてくれる生命エネルギーを認め賛美し、それに語りかける。
「私は今ここにいます」←究極!


 瞑想中は
 呼吸を意識する。(意識して呼吸しない) 呼吸はほっておいてもする。その呼吸をどんな風にしてるか意識、感じてみる。
 瞑想中は自分のことはできるだけ気にしないでいる。
 心がさまよったときは唱音をとなえる。
   A・・・ E・・・ U・・・(母音を伸ばす) AUM(お?ん) NAMU(南・・無)
 戻す。戻る。本来の自分(すばらしい存在)が出てくる。
 考えると、制限、しばり、を作ってしまう。
 自分を手放し、神のとおる通路となる。
 アファメーション。確信の言葉。
 夢にでてきて神が言った。
 そのままあることを、そのまま認め、そのまま言う。

 書いていても自分でもよく分からなくなってきました。^ ^ゞ
 書くとむずかしいな???
 でも、やってるときは細かな決まりはないですよ♪
 あっ、そうそう、先生みんなが座る座布団を指さして、
 「瞑想は座布団の模様や柄を見るんじゃなくて、そのむこうの生地、地を見ることですよ」って。
 首の体操と簡単な呼吸法は続きを読んでくださいね!
 第一と第三日曜日、AM 10 時からお昼までです。あっ、参加費は¥500-です。全額アメリカのエドガー・ケイシー財団に寄付されます。瞑想会は福田先生のボランティアなんですね・・・
 興味のある方、ぜひ参加してみてください!リンク貼っておきます。


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(あかね屋さんにて撮影)

 

  
 
 
 
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(さくら・ももこさん絵)



 「法律はないの?」
 「ある。でも、例の基本法に基づいていて、すべての人々が、幸せになるようにつくられているんだ」
 「じゃ、もう、そろそろ、そのすばらしい法を教えてくれても・・・」
 「もうちょっとのがまんだよ」
 笑って行った。
 「じゃ、もし、その法をだれかが破ったとしたらどうなるの?」
 「とうぜん、苦しむね」
 「罰したり、牢屋に入れたりするの?」
 「ここには罰もなければ刑務所もない。もしだれかがなにか過失をおかしたばあい、そのひとじしんが苦しむことになるんだよ。つまり、自分で自分を罰するんだ」
 「自分で自分を罰する?それ、どういうこと?アミ」
 「ペドゥリート、たとえばきみは、おばあちゃんのほおをなぐったりする?」
 「なんてこと言うの?そんなことぜったいにしないよ!・・・」
 「もし、かりになぐったと想像してごらん。どう感じる?」
 「そりゃ、とても心が痛むよ。とても後悔するし、たえられないことだよ・・・」
 「それが、自分で自分を罰するということだよ。ひとが罰することも、投獄することも必要ない。たとえば、ここにはだれもしないことがあるけれど、それは法が禁止しているからしないんじゃないんだ。きみはおばあちゃんを傷つけたり、侮辱したり、彼女のものを盗んだりなんかしないだろう。それどころか、反対にたすけたり保護したりするだろう」
 「うん、もちろん。だってぼく、おばあちゃんのこと愛しているもん」
 
 
12月に入って、ますます目に入るイルミですが、
週2日お世話になっている、「ゆりの木」の玄関のです。



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(冷蔵庫のとびらにも・・・)


娘の持ち物にはやたら“ピグレット”が多い?

わけを聴いてみた。

返事 「だんなが似ているから」

(う??ん! 納得だ・・ がコメントがしずらい・・ 夫しあわせ者だなあー・・ ぬいぐるみ夫・・?? 可愛いがっているんでしょうか・・? いろいろな能力がありそうな謎な娘・・ あまり立ち入らないことにしよう! ・・でも、ほんわか、微笑ましい幸せが伝わってきました♪)


 
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 “世界がもし100人の村だったら”は世界中を回ったチェーンメイルですが、
 「世界がもし100人の村だったら」を本として出版なさった、池田 香代子さんの講演会がしばらく前、埼玉県立博物館アリットで開かれました。
 痛みの伴う、世界の現状の報告ではありましたが、愛をとても感じるステキな講演でした!!

 池田さんのお話の中にアフリカのカカオ農場で働く子どもたちの報告がありました。
 カカオはチョコレートの原料です。女性ばかりではなく男の人にも好きな方は大勢いらっしゃると思います。僕も大好きです♪

 カカオ農場で働く子どもたちがひどい扱いを受けているのは知っていたつもりでしたが・・・・。
それほどだとは思いませんでした。
 「・・・・子どもたちは安い労働力として買ってこられるのですが、怠けないようにするため、一番成績の悪い子どもは子どもたちの目の前で、見せしめのため両手を切断されます・・・・」
 ショックでした!!!

 フェアトレードは弱いものがさらに搾取されるこのような貿易はやめようよ!と始められた取り組みです。リンク貼ってありますから、ぜひ見てみてください。

 あの美味しいチョコレートの裏にはそんな世界があったのです・・・・
 池田さんの話では、商品の10%がフェアトレードになったときメーカーはフェアトレードを無視できなくなるそうです。企業イメージ大事ですからね?!みんなでチョコレートメーカーに
 「フェアトレードの原料を使って!」
 って意志を伝えて欲しいとおっしゃってました。

 日本のメーカーはまだどこも取り組んでいません。あなたの会社すぐに始めれば日本で一番最初にフェアトレードを導入したことになります。企業イメージ上がりますよ?!売り上げもUPしますね♪アメリカのハーシーチョコレートはフェアトレードの原料を使い始めたそうです。

 メーカーも政治家も私たち一人一人の声を無視できなくなって来ています。
 私たちの想い以外、世界を変えてゆく力はどこにもありません。
 今までほんの一握りの人たちが世界の大半の富を独占してきました。
 天地創造は、はるか昔に終わった神話ではありません。
 今この瞬間に行われている、私たち一人一人に与えられている責任ある力です。




 ところで入間市内にフェアトレード商品を扱うお店があったのですが、この前行ったら置いてありませんでした!どこか近くに扱っているお店知っている方おられましたらぜひ教えてください。お願いします☆

 それから、あの有名な鎌田 實(医師・かまた みのる)さんのこと「かまた君!かまた君!」って言ってました。クラスメイトだそうです。びっくりぃ! う?ん同じ歳!見えない・・またビックリー!!!
 
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(さくら・ももこさん絵)



アミ 小さな宇宙人」より
アミとペドゥリートの最初の出会いのときのお話


 「宇宙人って、ほんとうにいると思う?」
 じっさい、答えるのにしばらく時間がかかった。夜の星がひとみいっぱいに反射したようなキラキラした目でぼくをじっと見つめている。ふつうの子どもにしてはあまりにも美しく見えた。
 火を吹いた飛行機、彼の出現、見たこともない、きみょうな記号のあらわれる計算機、彼のへんなアクセントや服装、そのうえ、子どもときている。ふつうの子どもに飛行機の操縦なんかできっこない・・・・。
 「きみ、ほんとうに宇宙人なの?」
 ぼくはおそるおそる聞いてみた。
 「もしそうだとしたら・・・・こわいかい?」
 そのとき、はじめて彼が地球の外の世界から来ていることがわかった。少しおどろいた。でも、彼はとてもあたたかいまなざしをしていた。
 「じゃ、きみは悪者なの?」
 とおずおずと聞いてみた。
 彼は楽しそうに笑って言った。
 「たぶん、きみのほうがぼくより少し悪い子だよ」
 「どうして?」
 「だってきみは地球人だからね」
 「じゃ、ほんとうにきみは宇宙人なの?」
 「おどろかないでね」
 とぼくを安心させるように言いながら、空の星を指さして、
 「この宇宙はいのちで満ちあふれているんだよ。何百万、何千万という星にひとが住んでいるんだ・・・・たくさんの善良なひとたちが住んでいるんだよ」
 どういうわけか、彼の言葉は、きみょうな効果をもたらした。
 彼の言ったとおり、ほんとうにぼくの目に、何百万、何千万もの宇宙の星の住人たちが“見えてきた”。もう、恐怖心はどこかに行ってしまった。
 彼がほかの星の人間だということを、なんのおどろきもなく、受け入れることに決めた。とても友好的だし、悪意なんかまったくもってないように思えた。

 「でも、どうしてぼくたち地球人のことを悪いひとだと言うの?」

 
今日、二ヶ月ぶりに早稲田の福田先生のとこの瞑想会に行ってきました。
瞑想会の記事はそのうちUPしたいと思っています。

その帰り道、高田馬場に向かう早稲田通りにありました!!

【壺焼き芋・十三里】

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芋に釣られて、早稲田通りの車の切れ目を見て横断してしまいました。^ ^ゞ
お店の中です。いいにおい♪壺の中からは湯気が・・・

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(湯気、写ってませんね?)



“安納いも”がありました。さっそくゲット!!
「種子島で栽培しないと美味しくない!」とは安納いも通の常識とか?
黄色みの強い、甘ま?い、ねっっとりした、うんま?いさつまいもでした!^ ^
寒い身体が温まりました♪

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(Photo by グレゴリー・コルベール )


第七チャクラでは、神なる存在との接点の気に焦点を合わせ、未清算の過去を意識して完結し、それを手放す。
神の気が、心、身体、霊の中に入ってくるのに委ね、自分の存在そのものにその気を吹き込む。





毎日行うこの瞑想で、自分の身体、心、そして霊の健康状態を調べてみる。
この瞑想を使えば、身体と霊の健康状態を感じとることができるようになる。
また、気系のなかの力のバランスをもっとよく意識するのにも役立つ。
私たちは、自分の霊の力を通して、あらゆる葛藤を超越することができる。
これが神なる存在の約束することなのである。
 
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第六チャクラでは、神なる存在の叡智と理解の気に焦点を合わせ、日々の生き方はどうかを考えてみる。
混乱をもたらしたり、恐れを感じるような状況について、自分に叡智と理解を与えてくれるよう願う。
そして、誰もが人生に貢献するものをもっており、みな必ずその道へと導かれるということをあらためて思い起こす。
人生の目的を見過ごすことなどあり得ないということを忘れないように。
 
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第五チャクラでは、あわれみ、審判の気に焦点を合わせ、ほかの人々、そして自分自身についてどう思っているか、その思考の質をチェックする。
人に話した言葉を見直し、もし傷つけるような言葉を使っていたなら、その相手に良い気を送る。
もし偽りの言葉を口にしたならば、人を欺く行為をしたことを意識の上で認め、偽りの行為の源である自分の内面の恐れが何かを調べる。
その恐れに光がさすように願い、そのような悪性のパターンに従って行動しない勇気を与えてくれるように求める。